どうも違和感がある。
どんな人間だってそれなりに普遍性のある種々の属性に分解できるのが当然だと思うのだ。属性の集合が社会における人間じゃないのか。レッテルっつーと聞こえが悪いが、もちろんそういうものを最初は好きになるのだ。深く知るに連れ、集合全体を愛することもあるだろう。それが「人間として好き」ということなのか? 「属性が好き」と矛盾しないような気がしているのだが・・・・。
もちろん、ある特定の属性だけを重要視する態度は親しい間柄にあって非難されるに足るものだけど。「属性が好きなわけではない」と前置きする態度も変だろう。その人の本質は分解されえないものか?
追記。
そうそう、そういうことだよね。
きっと君は属性を愛する人なんだよ。オレは違うけどね。
どう違うのか? 説得力を感じない。愛を語る時、あなたはどうやってそれを本当のことだと伝えるのか?
たぶんどっちも現時点では極論
そうだろうね。故意に書かなかった点もあるし。またいずれまとめ直そう。
「その人の属性ではなく人間が好き」 ある種の中二病だと思っている。 仮に俺の年収を半分にして大学のランクを3つくらい下げたら 未だに独身だったと思う。 腑に落ちない点では...