2008-09-16

[]はてなハイク観察記 9

前回のエントリーを読み直したところ、自分でも若干しっくりこなかった部分があったので、

まずそこを補足したいと思う。

人は理解を超えたものに遭遇したとき、それを恐怖、嫌悪、排除の対象とする

へのへの事件」を引き合いに出して上記の内容が最近ハイクに当てはまるのではないかと書いたけど、

最近の「長文議論」までそれに当てはめてしまうのは、いささかズレているような気がした。

長文の投稿に関しては「理解を超えているもの」としてしまうのは言い過ぎかもしれない。

「長文議論」及び「排除志向」に関しては別の方向からもう少し考えてみる必要がありそうだ。

ブコメを見ていたら、「はてなはなぜセグメンテーションをしないのか」という向きのものがチラリと見えた。

これに関して私見を述べると、セグメンテーション以前にハイクの位置づけ自体がハッキリ決まってないんじゃないかなぁという気がする。

なんというかある種実験的な場所。はてラボの延長みたいなもんだったりするんじゃないかなぁと思う。

私のような一介の素人がどれだけ考えたところで正解に辿り着けるとは思わないので、これだけにするけど、そんな気がする。

だからセグメンテーションのような幅を狭めるようなことはしないんじゃないかな。

ユーザー志向による振り分けみたいなのは、現状のキーワードユーザーのFollowingシステムによってある程度確立されていると思うし。

ただ、このFollowingシステムハイクの「狭い」世界をより狭くしているような気が最近してきた。

自分のFollowingページをメインで使う、所謂「idページ引きこもりユーザー(この例えに他意はない)に関して言うと、

Followしているもの以外はあまり見ない傾向があり、それ以外への接触の回数が減っているんじゃないかと思う。

その手のユーザーの発言を見ていると、「自分のFolloingしか見ていない」というようなものもチラホラあるし。

その結果セグメントが生まれるという構造に繋がるんじゃないかと。

今後そのセグメントによって何か新しい動きが起こるかもしれない。

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