やつれた身なりの男は突然演説の方向を転換し、唾をとばしながら叫ぶ。
周囲に群がる似たような姿の男たちはどっと笑いながらうなずく。そうだそうだ!という短い同意の声のなか、演説は続く。
「全ての美人司書は黒のタイトスカートをはいて通常配備されるべきである!」
集団の後方で頭を下げていた男たちがはっと顔をあげる。さっきまで「ホームレス追いだし反対!」という趣旨の演説が続いていたはずだ。けだるそうにしていた後ろの男たちは久しぶりに目が覚めたような顔をした。雑誌コーナーのソファからこの集団の様子をちらちら見ていた僕も思わず声の主を見つめた。
黒のタイトスカート、この言葉に刺激されて僕の頭にも一人の美人司書像が浮かぶ。黒のタイトスカートに白のボタンシャツ、メガネをかけて髪を後ろにまとめた一人の美人司書。静かに体を伸ばして上の棚に返却された本を戻している。彼女はこの館に欠かせない存在。伸びた足を包むタイツは図書館中に敷かれたカーペットの延長かと錯覚するかのような自然さ、そんな風景を目の奥で楽しむ。ただし、この館には類似品すら存在しない女性だ。
気がつくと演説は終わり、男たちがぞろぞろと通路を引き返している。あの言葉は演説の終盤だったらしい。僕はちっとも読み進まない週刊ポストをラックに投げ込むと彼らのあとを追いかけた。
彼らは玄関先の喫煙コーナーでたむろしていた。僕は彼らから少し離れてタバコに火をつけ、さりげなく聞き耳を立てた。
Aさん「美人秘書?そいつぁいいなぁ」、どうもシショではなくてヒショと言っているように聞こえる。
それに合わせてBさん、「ああ、ちげぃねぇ。だいたいなぁ、おれぁ、」
ここからBさんが大声で自論を語り始めたので、集団のざわつきが急に途切れた。一方的に主張と不満を一緒に押し付けてくるような大声に僕は圧倒されるような気分になり、すぐに心の隙間をふさいだ。愚痴と泣き言は心の水漏れ、亡くなった祖母の口癖が思い浮かんだ。
Bさんは周囲のみんなに対して会話のキャッチボールで言うところのワイルドピッチを繰り返していたが、なんとか一人、話の合間に割り込んだようだ。その声はあの演説主のCさんだった。大男のBさんに比べてCさんは小柄で髪も薄いが目に光が入っていて一回り大きく見える。
C「そうだな、そのとおりだな! ところで知ってるか、図書館員は三種類に分類される」
Bさんの勢いが止まる。即答できず、思わずCさんの顔を見た様子だ。周囲も、外野の僕も同じようにCさんを見つめてしまった。
「図書館員は三種類いる。美人司書か、女の司書か、それ以外か、だ」
周囲がどよめき、笑いが漏れる。続けて彼は言った、
C「人間も三種類に分類される」
また空気が硬くなった。人間の定義なんて誰でも多少は思案したことがあるはずだ、彼の言葉を待つ。
C「家のあるニートか、家のないニートか、それ以外か、だ。つまり、、、こうだ。」
周囲が沈黙し、言葉を待った。唇を忙しそうに舐めて言葉を捜しながら彼はこう言った。「つまり、、、えーと、だれか、タバコ持ってないか?」
一瞬、周囲の動きが止まった。その後、殺していた息を吐きながら各自がポケットを上から触っていく。Cさんは自分の頬肉を甘噛みしながら彼らのブロックサインのような動きを眺めている。彼らの表情と動作は会話のキャッチボールで言うところの「外せ」だったように見えた。つまり、タバコはあまり人にあげたくないということだ。いつものこと、いつもの反応なのかもしれない、それを見越してCさんはその隙に言葉をさがしているようだ。
「タ、タバコならあります、が、、」思わず僕は声をかけてしまった。Cさんも驚いた顔をしていたが、なによりびっくりしたのは僕自身だった。
図書館ホームレスについてナンセンス記事を書いてたのに気がついたら自分の記事をノベライズしていた、興味ある人がいたらつづき書くかも。後学のため誰か批評してくれるとありがたい。
…なんのために再投稿? もっとブクマ付けてほしいの? 無粋というか、自分の文章にドロを塗っている気がする。