柄谷行人だったか、豊臣秀吉の刀狩りは、本当は鉄砲狩りなんだっていってたな。鉄砲があるってことは、遠くからの一撃で権力者が簡単に交代しうる世界だからって。つまり鉄砲がある程度普及した時点で、革命の準備は武力的にはほぼ出来上がってることになり、鉄砲狩りってのは、つまり江戸時代はそれを延命するためのものだったと。
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