「英和辞書を肩の高さまで持ち上げる。
手を放す。
ぼとんと落ちる。
なぜ?
重力があるから?
近くにでっかい太陽もあるじゃん。なんで太陽に向かって落ちて行かない?
海の水でさえ、月の引力ていどで満ち引きしてるのに。」
彼はそう言って白い天井を見つめた。
まゆげを引きつらせながら怒っている。
足元にはさっき落とした英和辞書。
「馬鹿じゃねーの?」
俺はそう言ってその場を後にした。
後ろから彼の叫び声が聞こえる。
「馬鹿にしてんじゃねえよ!お前、絶対わかってねえって!」
俺は間違ってなんかいない。
何もわかっていないのは彼の方だ。
いつも目の前の出来事に無関係なことばかりに関心を向ける。
そんな彼に愛想も尽きた。
俺は俺の道を行く。
だから、彼には邪魔させない。
こつこつと廊下を歩くと、目の前にドアが現れた。
明日へと通じるドアだ。
俺の人生にとって、次の一歩となるドアが開かれる。
俺はドアを開く。