2008-07-28

私がどうして他人に「禁煙しろ」と「痩せろ」が言えないか。

現代のストレスの多い社会で、酒も煙草も博打もやらずスリムな体型を維持できている人がいるとすれば。

きっとその人は、ノーベル賞級の素晴らしいストレス解消法を発見したか運動好きの人間だろう。

残念ながら私はそのような人間ではなかった。

そんな多くの人間にとって食事を取ると言うことは魅力的なストレス解消の選択肢の一つだろう。

そう言う私にとっても非常に魅力的に思える行為だった。

つまり以前の私はクマのプーさんのような体型だったのである。

しかし、現在の私の体型はどちらかと言えばミッキーと言った方が良いだろう。

どうして痩せたか。それはこの際問題ではない。

問題なのは、ストレス解消法も運動の趣味もない人間がどのような危機に陥るかである。

もしも私が悪魔の囁きに耳を貸しているならば。

酒を浴びるようにのみ煙草をふかしと大量の食事をとりギャンブルに勤しんでいるだろう。

色町に飛び出し女を買っていたかも知れない。

味わったことのある人には分かるだろうが。

それほどまでに心の弱い人間にとってのストレスとは衝動的で破壊的なものなのだ。

私は煙草を吹かしたことは生涯で一度もない。

しかし、そのような私でさえ煙草を吸いたいという欲求に駆られることがある。

一度も煙草快楽を味わったことがないのにもかかわらずだ!

私が、もし日本禁煙推進医師歯科医師連盟の目を恐れずに書くならば。

煙草を吸うか吸わないか、それは将来死ぬか今死ぬかの違いだと言ってしまっても良い。

もちろん、自分が死ぬことと他人を殺すことは全く別次元の話だ。

他人を殺そうとする人間は臭くて狭い檻の中に入るべきだろう。

だが私の感じているものを他人も感じるのだとすれば。

私は世界の片隅で煙草を吸ったり不自由に大きな体を揺らしている人間に、残酷言葉を、

そうつまり、「禁煙しろ」や「痩せろ」と言う言葉を浴びせられないのだ。

なぜなら彼らは体の健康は保てても心の健康を害してしまうかも知れないのだから。

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