小さい頃から知り合い知り合いにそう言われて育ってきた。
意味が解らなかった。
だってそうだろ?
金持ちっていうのはさ、豪邸に住んでるもんなんだよ。
噴水が真ん中に設置してあるよーなひろーい庭があるお屋敷にさ。
うちみたいな木を数本植えていっぱいいっぱいな猫の額じゃなく。
犬だって、放置主義で勝手に育った雑種じゃなくて、躾のなった血統書付のドーベルマンを五、六匹飼ってるもんだろ?
でさ、ブランドもの着てさ、宝石キラキラさせてさ、こんにゃくとか、くわねーだろ?
ジジくさいベンツなんてただの見栄だよ。モノホンはポルシェ数台車庫に入れてんだぜ?
金持ちは。ブルジョワは。だから違うんだよ。俺は。なのになんでだ。何で俺はどこいっても「○○さんトコの息子さん」なんだ? 俺だって、三男だぜ? 家、継がないぜ?
みんな食費を一万や二万に切り詰めてるらしい。俺もそうすべきだと思った。
へぇ、米ってこんなにするんだ。自炊なら、と思ったけど、意外に金かかるのな。
まぁ、いいや、他のところで節約すれば。俺、服とかあんまかわねーし。
話によると、とある先輩は一ヶ月八千円で食ってるらしい。
すげぇ。一日260円ちょっとじゃん。ホカ弁一食分じゃん。なのになんでンナ、ハイテンションなんスか?
初めてバイトして、給料を貰った。親に内緒で。別に何がほしかったわけでもない。楽しそうだったから。ただそれだけ。
最初はその額に別になんの感慨も抱かなかった。
「まぁ、こんなもんだろ」少ないとも、多いとも感じない。ただ、自分の働きの見返りであるということの方が重要だったのだから。
それで、しばらくして、ふと、疑問に思った。
「バイト代だけで生活してみたら、どうなるんだろうか」
考えてみて、愕然とした。
例えば、週末に書店にぶらっとよって、小説やら漫画やらネタ本やら一生つかえねぇ知識満載の新書やら、そういうのを気まぐれに五??十冊。
例えば、デパ地下で気と食欲の赴くまま、カスピ海ヨーグルトやら惣菜やらタイカレーペーストやら。
例えば、なんとなく惰性で買っている昔ファンだったバンドのCD。ゲームのシリーズ物。
どれも、買えなくなる。
というか、食費だけでも今現在の質を保てるか。マンションも移らなきゃかも。
震えがきた。俺は何も知らなかったんだ。いつも何かが欲しいときには、親に渡して、親が金を払ってきた。その光景に何の疑問をもたなかった。それが普通だと思ってた。親父なんて昼行灯だと半分バカにしてたところもあった。
俺は家の跡継ぎじゃない。それに必要な資格すら持って無い。
俺は大学でたら、「フツーに」就職して、「フツーに」生きなきゃいけない。一個人として。「○○さんちのぼっちゃん」ではなく。
それこそ、まさに昔から俺が望んでいたことだ。親にもそう宣言した。そうだった。ハズなのに。
なんで、今、それがこんなにも怖いんだろう?
バイト代だけでって設定に無理があるんだよ。 普通にいいところに就職したらそういうことも可能。