2008-06-27

 仕事の付き合いで酒を飲み、午後0時に帰宅して洗面所に行く。ああ、今日も終わったのか、と思いながら歯磨きを始め、まじまじと自分の顔を鏡で見る。まだほっぺたがほの赤く、どうみても酔っぱらったおっさんだ。前髪の後退を気にしながらも歯磨きを続ける。愚痴ばっかしゃべるウザイ上司や、職場の同僚との人間関係などを考えながら、ペッと歯磨き粉をはき出した。すると歯磨き粉が黒い。いやいや、普通白だろ、赤もまあ歯茎が悪けりゃ仕方ない。でもこれは一体・・・などと考えながらも、みなかったことにしようと蛇口をひねりかけたが、よくみると黒い虫がうにうに動いている。なんだこれは・・・少し気になる。しかしもう寝なきゃ、明日早いんだ、と考え直し水道をひねるが、虫だけはどうしても流れない。しぶといやつだ。熱湯をかけて殺すことも考えたが、そんなことをする気力も既になく、私はベッドへ向かった。

 翌朝洗面所に行くと、黒い虫はどこかへ消えていた。ただ黒い虫が残した影のような物が点々と残っているばかりだった。はて、どこへ行ったかな?とふと思ったが、早く家を出ないと遅刻する。私は急いで職場へ向かった。

 残業もそこそこに10時頃に帰宅し、缶ビールを飲みながらRSSをチェックする。この時が最近の唯一の楽しみである。彼女もいないし、女っ気もない。ただ貯金のみが貯まる。自分が将来結婚できるかすら定かではないが、そんなことは、もうどうでもいい。洗面所に行って、歯磨きをする。すると今日も黒い虫が出てきた。なんかおかしい、不気味だ。今日は指で押しつぶしてみた。黒い液体が出てきて、洗面台が黒く染まった。お湯で洗い流してみたが、墨汁のようにシミになり、なかなか取れない。

 その次の日も、また次の日も、黒い虫は出続けたが、だんだん慣れてきて、別に何とも思わなくなった。そのたびに洗面台はだんだん黒くなっていったが、別に一人暮らしなので誰かに小言を言われるわけでもない。

 そんな僕にも彼女ができ、私の部屋に来ることになった。彼女は私の部屋の墨汁をぶちまけたような洗面台に驚き、何事かと尋ねてきた。僕は事の顛末をすべて話した。自分ではたいしたことではないと思っていたのだが、私の話を聞いた彼女はひどく動揺し、病院に行くべきだと諭した。そんな気はなかったが仕方なく病院に行き、医者に私の症状を説明し、薬を飲むと、ぱったりと黒い虫が現れなくなった。洗面所彼女掃除され、何事もなかったかのように昔に戻った。くそう、最近は黒い虫が何匹出てくるか数えるのがささやか楽しみだったのに。でも仕方がない、おそらく間違っていたのは僕で、彼女の方が正しいのだろう。

 僕はかくしてささやかな僕だけの楽しみを失った。

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