国家機構の中のお公家となるには、戦前は三つの登竜門があった。東京大学と陸軍士官学校と海軍兵学校である。戦争に負けた結果、陸海のエリート(士官)養成学校は廃止されたので、戦後60年、唯一の登竜門として君臨してきたのが、泣く子も黙る東京大学法学部である。
それとは別に、氏(うじ)はさまざまながら、きわめて自然にお公家さんに成っていくグループもある。政界とか大手企業の三代目がそれにあたる。
三代目の特徴は、いろいろあるが、「売り家と唐様で書く三代目」と江戸川柳にもあるように、まず経営能力(戦闘能力)が欠けていることを挙げることができる。企業でいえば、一代目が築き二代目が拡大した事業を、三代目でぶち壊す、というのが江戸期からの伝統的な有り様(ありよう)である。
彼ら三代目は極めて「ジコ中」であり、他人は自分に奉仕するために存在していると思っているようで、特に弱者へ配慮する心と言うのは、まったく育っていない。注意されても、その意味さえ理解できないように見受けられる。
また、「ボクちゃん、凄いんダゾ」症候群に冒されているのも多くに共通する特徴である。何しろ大物であった初代や先代の話を、子供の時から何かにつけて聞かされてきたものだから、そのイメージが頭の中に定着してしまっている。そのため、自分の力量を勘案せず、ついつい背伸びして、「ぼくちゃんだっておじいちゃんのようにすごいんだぞ!」と力みかえる癖が見に染み付いてしまっている。なにか目立つことをやりたくてたまらなくなる。たとえば、戦後60年、誰も手をつけられなかった憲法9条を「ぼくちゃんが改訂してやる」なんてリキミもその一つの現れである。
ともあれ、科挙の試験(東大法学部入試)を通ってきたお公家と、この生まれながらの金持ち貴族の自然体で変身したお公家さんは、出てきたところが違うとはいえ、同じお公家として共通項をたくさん持ってるから、互いに連合して、やりたい放題やることになる。政官財、三位一体である。