始めてその場所に来た僕は右も左もわからず、ただ周りに圧倒されるばかりだった。
大勢の人がそこにはいたし様々な会話が飛び交っていたが、僕は参加できず独り言をつぶやくばかり。
定型的な、たとえば挨拶だとか、そういうことはしていたが、特に親しい人はいなかったし、いつも孤独でいつ逃げだそうかとも思っていた。
そんなある日、彼女は僕に話しかけてくれた。
考えてみればその場所でまともに話をしたのは、彼女が始めてかもしれない。
きっかけは些細なこと。
今日はなにを食べたとか、好きな映画の話とか。そう、とても些細な会話だったのかもしれない。
しかし、孤独だった頃の僕には、彼女はそう、まるで女神のようだった。
彼女と話すようになってから、そこでの友人は増えた。
僕は水を得た魚のようにいろんな人と話をした。有名人にも会えた。技術的な話で夜を明かしたこともあったし、時にはふざけあって周囲に怒られた時もあった。
とても楽しい日々を送っていたが、多くの人と話すことによって、次第に彼女とは話さなくなっていった。
それでも僕はあの場所が好きだった。
しかし、それは急に現れた。
あまりに楽しい日々にうつつを抜かして、日常生活に支障がでたのだ。
僕は帰らねばならない。小鳥のさえずるあの場所、彼女と出会ったその場所から距離を置くことにした。
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それからいくつかの月を経て、僕はパソコンを買った。白くてリンゴのマークが愛らしいラップトップ型のパソコンを買った。
僕はブラウザを立ち上げた。そう、以前あの場所であった人たちとまた楽しい会話が出来ることを夢見ながら。
しかし、僕が思い描いていた場所はそこにはなかった。
以前よりも人が増え、周囲の声は届きにくい、とても楽しい場所とはいえない、そんな場所になっていたのだった。
大勢のなかを探すと、以前話した人がいた。
「おひさしぶりです。おぼえていますか」
しかし、返事はなかった。
周囲の雑音にまみれ、小鳥のさえずりさえ聞こえない、ネコの鳴き声も聞こえない、ただ大勢の会話が多く、ノイズが多く。
僕は決心した。やはり、ここにはいるべきじゃなかった。最初から「逃げ出して」いればよかったんだと。
それっきり、白いリンゴのパソコンに電源を入れることは無かったし、ましてブラウザを立ち上げることなんて。
ある時、友人に柑橘類の香りがする、そんな場所を紹介してもらった。
そこには大勢の人がやはりいたが、それぞれが「部屋」と言う概念で仕切られ、空気が透きとおった場所で、僕の声はみんなに届いた。
会話をするのは得意ではなかったが、あの場所での経験を生かし、なんとか周りにもなじめた。
そして、彼女がそこにいた。
僕は目を疑った。
一度は仲良くなったものの、自分で距離を置いたようなものだったので、彼女に声をかけるのはとても出来なかった。
そんなことを考えていると、彼女の方から声をかけてくれた。
「おひさしぶりです、おぼえていますか」
小鳥のさえずるあの場所で僕たちは出会った 始めてその場所に来た僕は右も左もわからず、ただ周りに圧倒されるばかりだった。 大勢の人がそこにはいたし様々な会話が飛び交っ...