社会において実質的に機能している「学歴主義」って、会社の書類選考上のスクリーニングだけでしょう。
面接過程にはいったら、学歴よりももっと生の情報がたくさんあるんだから、人事担当者が合理的であるかぎりは、非学歴的な情報のほうが重要視されるものとおもわれます。でなければ、そんな会社はすぐにつぶれてしまう。
いわんや入社後のキャリアをや。「能力がないのに学歴だけはあるひとばかりが昇進していく」というのはルサンチマンゆえそれが目につくだけで、それが大勢であるとはとてもおもわれません。でなければ、やはり、そんな会社はつぶれてしまうでしょう。
商売人というものをあまりなめないほうがいい。
学歴のことでいじめられた、とか、そういう話もあるかもしれませんが、そういう社会意識上の対立はミクロな政治的対決によって乗り越えていくしかないわけで、ここでは、給料やポストといった客観的地位を決める上で学歴というものが効いているかどうか、ということだけを考慮にいれます。
ついでにいうと、それが学歴によって決まっているとしても、それだけでは問題になりません。問題となるのは、そうした選抜が、社会的に見て非効率であったり、不公平であったりする場合のみです。
ここでは「社会において実質的に機能している『学歴主義』って、会社の書類選考上のスクリーニングだけ」だということにして、この点についてのみ考えてみましょう。これ以外の場合については今回は考慮しません(たんなる予想ですが、これ以外の問題はすべてルサンチマンによる色眼鏡でしょうね)。
この場合、学歴主義批判の第一答弁はつぎのようなものになるはずです:書類選考上のたんなるシグナルにすぎない学歴で候補者を切り捨てるなんてけしからん!
この主張に対する反対答弁はこうなるでしょう:入社時にシグナルとして使われていることなんてはじめからわかってるんだから、そのシグナルを身につけられるようにがんばっておけばよかったじゃない。
話をイメージしやすくするため、ここでは「書類選考上有利なシグナルを身につける」=「良い大学にはいる」ということにしておきましょう。
この反対答弁を生き延びられる学歴主義批判はほとんど存在しないと思います。「学歴が重要だなんてことははじめからわかりきっていたことなのに、なんでそれを手に入れておかなかったの」。そうではないですか?
この反対答弁を生き延びることのできる学歴主義批判はふたつだけだと思います:(1)入試で必要なスキルと社会人に必要なスキルはちがうのに、入試で人々を選抜するなんて、社会的に見て非効率だ、(2)お金のある家庭のひとほどいい教育を受けられて、いい大学にすすめる。これは不公平だ。
問題は、かくして、「良い大学にはいる上で社会的な非効率性や不公平は生じているか?」という問いへと移ることになります。
現行の大学入試は社会人になって役立つスキルをもった人間を選抜するうえで役に立たない?そこには社会的な非効率性が存在している?
それは正直わかりません。もしかしたらそうかもしれないし、そうでないかもしれません。そんなの、誰にもわからないでしょう。
とりうる方策は、大学教育の目的(ここでは「よい会社にはいれること」になってしまうわけですが)の達成スコアがその大学への入学の難易度に反映するような仕組みをつくることだけでしょう。実際の具体的な選抜の方法は各大学が試行錯誤のうえ見いだしていくしかありません。
結局は各大学の目的達成スコアの歴史がその大学のブランドを決定し、その大学への入学難易度を決めるのです。そう考えれば、すでに何十年ものモニタリングをへて形成されてきた大学のブランドには、おおむね一定の有効性がある考えるのが妥当でしょう。学校教育の成績と社会でのスキルがまったく相関していないとすれば、この制度が何十年にもわたって存続しえたはずがありません。
もちろん、「もっとよい制度」はありうるとおもいます。それは否定しません。事実、世界の選抜システムが日本とおなじわけではありません。しかし、そうした批判は、(1)「もっとよい制度」を具体的にデザインして、(2)その制度が優れたものとなりうる根拠を論理的にしめしたうえで、(3)何年、年十年かそのシステムを走らせることによって実績をつみかさねる、ことによってしか現行の制度にかわることはできないでしょう。そんな途方もない!と思われる方は、現行の選抜制度はこのプロセスを生き延びてきた制度なのだということを忘れるべきではないでしょう。
現行の選抜制度の非効率性についての結論はこの通りです:非効率かもしれないけど、非効率じゃないかもしれない。すくなくとも何十年も存続しているんだから、そんなに悪くはないんだろう。文句があるなら、もっといい制度をデザインしてからにしてくださいよ。
最後に、もっとも重要な点ですが:お金のある家庭のひとほどいい教育を受けられて、いい大学にすすめる、というようは不公平は存在しているのでしょうか?もしこれが本当だとすれば、学歴主義は間違いなくけしからん制度です。機会の平等という、近代社会の基本原則に抵触します。
この文脈でよく引き合いにだされるのが「東大進学者の両親の平均年収は1000万円をこえている」というはなしです。Presidentなんかでもよくみるはなしです。
この話を聞いたときにいつも思うのが次のようなことです:それって疑似相関なんじゃないの?ほんとの要因は遺伝で決まる能力なんじゃない?「親の能力高い→親の年収高い」、「親の能力高い→子供の能力高い→子供の学歴高い」、という因果関係が存在しているだけで、「親の年収高い→子供の学歴高い」というのは疑似相関であって、因果関係ではないんじゃないの?(疑似相関の意味がわからない人はググって下さい)
だから、被説明変数を「大学志願率」として、その決定要因を探りたいのであれば、最低限、「親の年収」にくわえ、「親の学歴」をいれるべきでしょう。このモデルで「親の学歴」が有意で影響大となる一方、「親の年収」の影響力が下がるのであれば、その結果は、「子供の学歴を決めるのは親の年収だ」という主張があやまりであることを支持するものになります。
また、「親の年収が高いほど子供の教育にお金がかけられるのでいい大学に行けるようになる」と主張したいのであれば、そのままずばり「○○時点教育投資額」のような変数も決定要因にいれてみればよいのです。
「お金のある家庭のひとほどいい教育を受けられて、いい大学にすすめるのは不公平だ」と主張したいのであれば、最低限これぐらいの論拠はしめしてほしいものです。
そんな論文ないものかな?と思い、google scholarで「教育 学歴 年収」といれてみたところ、そのままずばり、次のようなレポートがでてきました。
(1) 自分が大学に進学するとどれぐらいのリターンがあると考えているか(主観的ベネフィット)
(3) 保護者が子供の進学にかかる資金を負担できると保護者が考えているかどうか(主観的資金調達能力:保護者)
(4) 保護者が子供の進学にかかる資金を負担できると子供側が考えているかどうか(主観的資金調達能力:高校生)
(5) 中三時点までにどれだけの教育投資を行ったか(中三時点既出教育投資額)
(7) 性別
結果は次のようなものだったようです:「すべての経済変数が、大学進学希望に関して予想される形で影響を及ぼしていることを意味している。また同時に、親学歴を含めると大学進学行動の予測を7割強の確率で行えることを表している。また、標準化したロジスティック偏回帰係数に注目すると、進学行動を強く規定しているのは、保護者最終学歴(父親)、主観的資金調達能力(保護者)、性別、主観的資金調達能力(高校生)、主観的ベネフィット、中三時点既出教育投資額、客観的資金調達能力の順となっている」
要するに、父親の学歴と、親が資金を負担できると考えているかどうかという主観的評価の影響がもっとも大きく、中三までにどれだけの教育への投資が行われたか、親が客観的にみてどれだけの資金負担能力をもっているかは、もっとも影響が小さかった、という結果になったわけです。
この結果をうのみにするわけではありませんが、これを見る限り、「お金のある家庭のひとほどいい教育を受けられて、いい大学にすすめるのは不公平だ」、という主張はかなり論拠があやういということになります。
今回はまず、対象の範囲を「社会において実質的に機能している『学歴主義』って、会社の書類選考上のスクリーニングだけだ」という風に限定しました。つぎに、「書類選考上のたんなるシグナルにすぎない学歴で候補者を切り捨てるなんてけしからん!」という「学歴主義批判派の主張」を、「入社時にシグナルとして使われていることなんてはじめからわかってるんだから、そのシグナルを身につけられるようにがんばっておけばよかったじゃない」というリーズナブルな批判にさらすことで「良い大学にはいる上で社会的な非効率性や不公平は生じているか?」という問いに変換しました。そのうえで、「現行の大学入試制度は非効率か?」「現行の大学入試制度は不公平か?」という点についての若干の考察を加えた結果、「おそらく、非効率でもなければ不公平でもないだろう」という暫定的な結論がみちびかれました。
多くの点で不十分ではありますが、すくなくとも理にかなった論旨の展開にはできたのではないでしょうか?
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