それにしてもいつごろから伊集院を聴かなくなってしまったのだろう。
直接のきっかけは引っ越して、部屋の電波の入りが悪くなったからだったと思う。
それでもなんとか頑張って、その後1年くらいは聴いていたのだが、いつの間にか「こんな雑音を我慢してまできく事はないない」「こんな夜更かしして聴い ている価値はない」と思うようになってしまっていた。
なんだかなあ、と自分でも思う。
当時の僕は伊集院光のノリを日常に導入すれば、一生ゲラゲラ笑って過ごせると思っていた。そして、実際にゼロ年代前半はそうやって過ごしてきたつもりだ (笑)。でも、そうしている間にいつの間にか伊集院光を必要としなくなっていた。
本当にいつの間にか、当時「おしゃれ大戦」で僕をなじってきた電波は受信できなくなっていたし、伊集院が叩くものにも共感できなくなっていた。
でも、これでいいんだな、となんとなく思う。たぶん、今伊集院を必要としている人たちは別にいて、彼等には今の時代の流行りものから「おしゃれ電波」を 浴びているのだと思う。
伊集院は変わった、とみんな口を揃えて言う。確かにそうかもしれない。でも、それ以上にたぶん、僕等が歳を取ってしまったのだ。認めたくない事実だけ ど、たぶんそうだ。
だとすると、伊集院はまだ踏ん張っている方なのかもしれない。何に? ……たぶんそれが、みうらじゅんのいう「D.T」というものなのだと思う。