私は電話に出るのが下手です。
小さいころ、今のような携帯電話なんて世の中に存在しませんでした。自動車電話を持っているお金持ちは存在しましたけど。
「はい、ますだです」
「おかあさんはいらっしゃいますか?」
「おかあさんはかいものにいっています」
ところが世間が物騒になったのかなんなのか、「間違い電話」が手段として使われるようになりました。空き巣が在所確認につかったり、名簿屋がデータの隙間を埋めようと電話をかけて来る時代に。
彼らに情報を与えぬよう、親から「はいもしもし」と応答するように再教育を施された私は、電話口で名前を名乗らなくなりました。
「はいもしもし」
「もしもし」
「はい」
「ごようけんはなんですか」
「本日は金融商品のご紹介ということでして、お母様かお父様はご在宅でしょうか?」
「うちはたなかさんじゃありません」ガチャリ。
時代は進み、携帯が流行します。PHS「安心だホン」を持たされた私は、3箇所にしか電話をかけられないほぼ着信専用であるため、人にほとんど電話番号を教えませんでした。かけてくるのはほぼ全て家族です。名乗る必要がありません。
「はいもしもし」
「もしもーし」
「おかあさん、何?」
大学を経て、就職。ビジネスマナーを叩き込まれ、部署の代表番号の電話番です。
「お電話ありがとうございます株式会社はてな第十三開発部です」
プライベートのPHSは、電話先の制限を解除して家族以外からもかかってくるようになりました。でもかける側が私に向かってかけてくるわけですから、名乗らないままです。
さて、ここで転職。電話番をしなくてもよくなりました。そもそも今の部署には外線が来ません。転送された電話をピックアップして
「はい第7開発部です」
とだけ言えばよくなりました。
しかし、今度は社内からどんどん私に向けて内線がかかってくる立場になってしまいました。私は今、
「はい増田です」
といってデスクにある電話をとる必要があります。でもどうしても、
「はいもしもし」
と言って黙ってしまうのです。
かけてくる方は、私が直接とったのか不在で別の者がピックアップしたのかわかりませんから
「増田さん?」
とわざわざ聞かねばなりません。効率が悪いし、無愛想だし、大変申し訳ないのです。でも小さいころに
「なまえをいってでんわにでてはいけないよ」
「こわいひとがくるよ」
と教えられ、長年やってきたために、なかなか名前をいうことができません。社名や部署名なら簡単に言えるのに。
そんなわけで、私は電話に出るのが下手なのです。
名乗れないよね。 無言電話にものすごい悩まされていた時期があって、 そのひとは自分を目当てに電話を掛けてくるから 一時期(といっても10年ぐらい)電話に出るのが怖くてたまらな...