2009-12-22

児島阿久根市竹原信一市長に反対する人への嫉妬

http://mainichi.jp/select/today/news/20091222k0000m040104000c.html

この人の言っている内容には反対だけれど、

「世の中に切り捨てていい人なんていない」と博愛主義で反対する人達に、言いようのない嫉妬を感じる。

そうか、あなたの人生に、殺したくなるようなクズは存在しなかったのか?

邪魔だ、消えた方が世のためだと思う人間は存在しないのか?

デスノート名前を書きたいと思う人はいませんか?

それはそれは幸せ人生を歩いてきましたね。

もしかしたら不幸なのかも知れないけれど、それを乗り越えられる強さがあるんですね。

妬ましい。

自分が憎まれていると、殺したいほど邪魔に思われていると

そう感じたことはないのですね?

別に死んだって構わないと、生きていても死んでいても関係のないと、

虫けらのような扱いを受けたことはないのですね?

そんな甘い博愛主義で反対する程度には、身の危険を感じたことがないんですね?

妬ましい。

存在価値を認めてもらえない絶望を知らないんですね?

みんな仲良くしましょうという輩に、余計に自体を悪化させられた経験がないんですね?

俺は、短絡的な感情論で言えば、死んで欲しい・刈り取りたい人間なんて山ほどいる。

だけど、マルティン・ニーメラー牧師言葉よろしく、自分の番が回ってくるのが怖いから反対なんだ。

デスノートが他人のものになったら、権力者の物になったら、自分名前を書かれかねないほど

自分の存在に自信がないから反対するんだ。

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