■寓話、あるいはたとえ話

男は上等な服を着ていた。腕には見るからに高そうな金の腕時計をしていた。

手に持っている鞄の蓋は開いたままで、そこから分厚い財布がちらちらと見え隠れしていた。

あたりはもう夜だというのに、男の姿はあまりに無防備であった。

たまたま通りかかった地元の村民は、見かねて声をかけた。

「もしもし、そこの方。もう夜も遅いですしそんな格好で夜道を歩いては危ないですよ」

裕福そうな男は言った

「なんだと、わしの格好に文句があるのか。わしがどんな格好で出歩こうと勝手だ」

「いえそうですけど、そんな無防備では悪い人に襲われるかもしれませんよ。あなたの来ている服はとても高そうに見えますし、その手の輩から見たらいいカモですよ」

村民はただただ親切心から忠告した。

男は憤慨して言った。

「お前に服のことをいわれる覚えはない。それとも何か？ 悪人に遠慮して目立たない格好をしてこそこそ歩けというのか」

「いえ･･･。でもそういう事件も起こっていますし、少しは警戒したほうが…」

「そんな事件が起こるような危険な状態にしたのは誰だ。誰が何時歩いても安全な道を作るのが行政の義務だろう。犯罪者をのさばるような社会が悪いだろう。なんなんだこの村は」

男は社会の批判を始めた。

自分の村を悪く言われた村民は控えめに擁護を試みた。

「この辺は治安は良い方です。でもやはり夜道は危険ですよ。明るい時間ならいざ知らず…」　

「わしには大事な仕事があるんだ！この時間にしか帰れないんだ！好きなときに好きな場所を好きな格好で歩く、そんな当たり前の権利を行使して何が悪い。お前に何の権利がある」

男はまるで忠告を聞こうとしないどころか、親切な村民に怒鳴りつけた。

村民はすこし鼻白んだがなおも言った。

「そうだ。ならば送迎の車を呼びましょう。その送迎車にあなたの家まで送らせましょう。どうでしょう」

男は喚きちらす。

「その車の運転手に襲われるかもしれないじゃないか。もっと確実に安全に帰れるような方法を考えろ！」

「･･････」

村民にはもう言葉もなかった。

Permalink | 記事への反応(4) | 16:32

ツイートシェア