2007-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20071202184810

たとえば、

科学者集団が、それ自体が自らのメンバーの選別・育成プロセスを持っていて、

科学の分野ごとに存在するその集団が、論理理論として体系化して積み重ねていくと。

そう解釈すると、なんとなくイメージはできるのだけれど。

そう解釈していいんだろうか。

記事への反応 -
  • 意味不明だが、 人格者生成プロセスを議論して、それで生成された人格者 が定義を決めて、それを積み重ね改善していけばそれで おkというシンプルな論理が分からんのだろうか

    • いや、それはシンプルな論理ではなくて、 論理をまとめた結論なんだと思う。 この議論自体が、科学的な手続きによっているものでないと、 一般的に論理とは認めにくいのではないか...

      • 社会科学特に定義学は実験科学ではなくプロセスによる約束からなる 前提の体系だから、そういう話にはならない。

        • えーと、ごめんなさい、少し前の質問で、わからなくなったので、もう一度。 「社会科学」は「プロセスによる約束からなる前提の体系」というときの、 「プロセスによる約束からなる...

        • そうすると、同じことに対して、複数の人がまったく別々の主張をすると、 どうすればいいの? 法律の例では、判例をだす裁判所があるけど。 ほかの分野では?

          • 意味が分からないが 人格者が決めた定義で国内が統一されるので そういう意見主張は禁止されるんでないの 定義を変えたかったらプロセスをクリアして お前が人格者になれ、という話...

            • 大体、国民全員がワーワー言ってるより人格者が 定義を決定してそれに従う方が社会も生活も 安定するわけで 定義変えたかったら人格者を目指せばいい

    • 俺が人格者だ、という神学論争を避けつつ 定義を決める方法なんて http://anond.hatelabo.jp/20071202173837 しかないんだよ 多数決なんてのは定義が発展する契機を含んでないので虚偽(証明済み...

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