2007-10-07

アンチへの恐怖

何かを異常に叩く「アンチ」は、最早周りが見えていない。

ある漫画アンチ、ある俳優アンチ、女や韓国人などある属性へのアンチ

どうせ正論は届かない。正論など聞く気がないからだ。彼らアンチは、アンチするにたる十分なニュースしか最早歓迎しない。コレが気に食わないからアンチになったはずなのにそれが誤解だと解消されそうになるのを全く歓迎しない。彼らがしたいのは永遠に相手を憎み叩くことで、気に食わない部分は寧ろ変えて欲しくはない。このままずっと酷いままでいてほしいのだ。誰よりもアンチは、アンチ対象にそのままでいてほしがっている。本末転倒化している。最早たたく為に彼らは理由探しをする。初めは、理由があったから、アンチになったのだろうに…アンチでい続けているうちにそれは逆転する。アンチでいる為に理由を探す事になる。何であれ欠点が無いものなど有り得ない上、僅かなものから多大に悪意を膨らませて受け取る、所謂被害妄想な芸当もアンチは得意であるから、アンチでいるための理由には事かかない。

そしてアンチの同士としか交わらなくなり、それが非常識であることすら忘れていく。これが怖い。自分たちが常識で当たり前の意見であると、お互いにアンチは補佐しあっていく。アンチぬるま湯にどっぷりつかっている間、そこから抜け出すのは本当に難しい。ネットはただでさえ自分の欲しい情報のみを受け取りやすい仕組みになっている。こうしてどんどんアンチは過激になっていく。集団という事も大きい。ネットでただ罵詈雑言を吐くだけでは足らず、そのうち彼らはリアルで同じ事をし始め、しまいには犯罪行為を行いかねないのではないか……そう思うと非常に恐ろしい。大丈夫なのだろうか。ネット上だけで済めばいいが、いや、精神の段階では既にリアルでも影響が出ているはずだ。

そんな人間の一面もとても恐ろしい。

ああ恐ろしい。

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