わざわざ人を区分けして、「なんとか文化圏」とか「なんとか派」とか言ってる人、全然関係ないところから急に「まとめてみた」とか記事を書く人って、結局自己がしっかりと確立してないんだと思う。
たいていそういう分類をしたがる人は、自分が属するグループを優れてるほうにする。あるいは「こんな低レベルな争いには自分は加わらない」ことを「まとめ」というメタ視点に立つことで気取っている。他者と区別することでしか自分を認識することができない。他者を見下すことでしか自分の存在意義を見出せない。そもそも、大声で叫んで誰かに話を聞いてもらわないと、自分がここにいるのかどうかすら不安になる。
そういう「おこちゃま」には確かにインターネット・ブログって福音だ。特にはてなは、はてブという、ブックマークされる側にはブクマ数、ブックマークする側にはお気に入り登録の数という、自尊心を刺激する仕組みが整っているので、承認欲求を満たしたい人が寄ってくるのだろう。
いまどきほとんどはてな周辺でしか聞かれない「ネットはリンクで成り立ってて、便利な情報を繋げるのが目的」という話(それを大上段に振りかざす論調)も、結局は自分がリンクする・されることで、「ほらボクこんなに便利なリソースを作ったんだよ!」と誉められたいというのが第一の理由なんじゃないかね。
「ブログは書けば書くほど自己不安が高まり、攻撃的になる」という研究もある。リンクが大事だと思うのって、WWWの思想を知ることによってではなくて、それがどんどん自尊心を満たすための手段として重要度が増してくるからじゃないのか。
http://anond.hatelabo.jp/20070120031806 その解釈で考えると、「リンク自由」の主張と「無断リンク禁止」の主張は、どちらも情報流通のコントロールを自尊心のリソースにしているという点で根は..
http://anond.hatelabo.jp/20070120031806 印象で http://d.hatena.ne.jp/SNMR/20060427#p2 かと思ったけど違うかも http://d.hatena.ne.jp/matuoka/ あたりで読んだ文にあった気がする
たいていそういう分類をしたがる人は、自分が属するグループを優れてるほうにする。あるいは「こんな低レベルな争いには自分は加わらない」ことを「まとめ」というメタ視点に立つこ.
> その場合、俺は誰を見下していたのかな。 「こういうふうに分類して解決に奔走する俺カコイイ」という満足感を得た、という意味で両グループ。 というか、「文化圏が違う」とわか
行動や主張を批判せず、動機や人格を貶めるという戦術。
http://anond.hatelabo.jp/20070120031806 この短い文章の中によくもこれだけ矛盾をテンコ盛りにできたもんだ。 筆者は気づいてるのかねえ。 最大の矛盾は、こういう内容のことを自ら「はてなダ..
「はてなチルドレン」という言葉の響きは、かわいくてとても批判用語には見えない。