シロクマ先生のコラムを読んで共感したことと、違和感を感じたこと。結論からいうとタイトルの通りで、自分キラキラは推し活に食われた概念だと思う。今や推し活を稼働させる内蔵...
自分をキラキラさせることへの抵抗感や恥じらいが「推し」という外部に代理で輝いてもらう行為を誘導するのかもね
「自分キラキラ」の形態の違いなだけでしょ 「こんなに推しを愛して輝いてる私を見て!」じゃん「推し活」」って
自己愛を他人になすりつけてるってことだとすると、まぁオナニーだな
「オタクは本来自分磨き(勉強、それ以外の習い事、運動、美容)に使うはずの金と時間を創作物に費やす精神異常者」 という自嘲を昔よく見たものだ
そんな長い言葉いる? 「クマシロさんて人と社会を理解する切り口を承認欲求しか持ってないんだよな」ってブコメだけで十分やん
ここで言う推し活って何を指すんだ SNSに上げないと推し活じゃないのか 推し活の定義がハッキリしなくていまいちわからん
定義がないのは当然。論者がsnsで見る、気に入らないことしてる奴らの総称だからな。
海外ではアイドル推しとかティーンエイジャーしかやらないと思う シロクマ先生も広告代理店にのせられてるじゃないかという気がする anond:20240409224038