まー先にやられちゃったのは不運だったね。
けれども、よっぽど徹頭徹尾自分の仕事に絶望してない限り、つまりあなたの作るものが一切新しい知見を付け加えないというのでない限りは、たとえ納得がゆかなくても、修論としてまとめるところまではやることをおすすめするよ。
つうかさ、何か作ってく上で、そうそう納得ゆくものはできないわけよ。いつだって心残りも後悔もある。けれどほんの少し、実現できた部分もある。それを足がかりにして、また上に登ってゆくわけさ。もし納得ゆくものが一生のうちに一度でも出来るとすれば、それは自分の積み上げたゴミの山の上に立ったからこそ手が届くものなんじゃないかと思うのさ。
ゴミを産み出すことを恐れるな。それが積み上げる足場になるなら、ゴミにも意味はある。避けるべきは、登ることを恐れるようになることだ。
1. システムを作ることと研究することは違うとよく言うが、結局どう違うのか僕にはよくわからなかった。その違いはいったいどこで学ぶんですか?少なくとも自分は今まで、何だかん...
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