2010-09-05

「私は今日生まれた」に至るまで

とっても不謹慎な話だけど。

下手なブラックジョークにもなっていないかもしれないけど。

馬鹿げたありきたりな妄想でしかないけど。

切り殺された老婆。

彼女はその昔マッドサイエンティストとして名を馳せた男の"作品"としてこの世に生を受けた。

けれど彼女は男が望んだものとは程遠い、ヒトの肉体を持っていた。

大気の中で生き、成長し、そして老いる。

心を持ち、他人と話し、意思を伝え、受け取り、学ぶ。

一つ、常人と違ったのは、そのずば抜けた頭脳

男は危惧した。

成長すれば自分を優に超えるであろう彼女頭脳を。

そして決意し、決行した。

彼女の脳の機能を一部のみ停止させる。

容易いことだった。

ありふれた少女として生きた。

人並みに恋を知り、痛みを知った。

戦争が起こった。

周囲では生活が苦しくなっていった。

父親はそんな素振りを少しも見せなかった。

実際、生活は至って平凡で戦争を感じさせなかった。

空襲現実の出来事として彼女に迫った。

家が焼けて行く。

例外など存在しなかった。

脳が動き出すのを感じた。

男が封印した一部の、そのまた一部が、再び動き出した。

戦火を逃れた。

父親を亡くした。

焼け跡に、防空壕とは違う穴の入り口を見付けた。

その奥で自分が作られたことを知った。

父親の望みを知った。

夢を持てない時代だった。

せめて父の遺志を継ごうと思った。

以来、その地下施設に篭った。

脳が少しずつ活性化して行くのを感じていた。

最初は失敗作ばかりだった。

早く肉体を成長させようとすれば、他に支障が出た。

気長にカプセルの中で育てた。

何度か続けるうち、完成形に近い"作品"が出来た。

申し分無い攻撃性を示していた。

カプセルから出れば、成長もせず傷付きもしないはずだった。

初めて大気に触れた彼女に声を掛けた。

今日があなたの誕生日よ、と。

彼女は真っ直ぐに歩いた。

既に目標を定めているようだった。

生活に不可欠だった調理場へ足を向けた。

迷わずに包丁を取った。

私はまだ完成していない。

もう一度あなたが生命の危機を感じれば、脳が全て動くようになる。

早く完成させて。

生まれた瞬間に、彼女は欠陥を自覚していた。

衝動と思考は破壊にしか向かなかった。

彼女に完成形は作れない。

老婆を追った。

不完全な彼女は、老婆の目に一抹の輝きを見た。

今度は追われた。

私は、今日生まれた。

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