2010-06-11

最小不幸社会=国民安楽死政策?

  • 菅直人新総理が新政権目標として掲げた「最小不幸社会専門用語では「消極的功利主義Negative Utilitarianism)」と呼ばれる。実はこの立場、一見すると良さそうだが、深く考えるとうまくいかない立場の典型として知られている。
  • まず、文字通り不幸の最小化が目標なら、正しい政策は国民全員(あるいは人類全員)を安楽死させることだ。人がいなくなれば不幸はゼロになり、当然に最小化するからだ。
  • こう書くと「死ぬこと自体が不幸ではないか」と反論する人がいるだろうが、この反論は当たらない。なぜなら人は誰しもいつか必ず死ぬので、「死ぬことによる不幸」の総量は、安楽死政策を実施しても、長期的には何ら変化しないからだ。
  • あるいは、「死んでしまったら、生きていたらできたであろう様々な楽しいことができなくなる。それが不幸だ」という反論もあるかもしれない。だが、このように言う人は、あることを暗黙のうちに前提としている。それは、幸福と不幸が相殺可能ということだ。しかし、幸福と不幸が相殺可能であることを認めてしまったら、不幸の最小化は幸福の最大化と同じことになり、「最小不幸社会」というフレーズには何の新味も無くなる
  • 以上のことはちょっと考えれば、あるいはちょっと調べれば分かるはずだ。にもかかわらず「最小不幸社会」を新政権目標として全世界に掲げてしまう辺りに、政権と通じるナイーブさを感じる、と言ったら言い過ぎだろうか。
  • ほれ、ソース。これが消極的功利主義とどう関係があるんだ? 国民のみなさんに就任にあたって、私の基本的な考え方を申し上げたいと思います。 私は政治の役割というのは、国民...

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