『もしも
人生をやり直せるとしたら、どこからやり直したい?』
彼はそう言うと、いつものように
人差し指で缶
ビールのプルタプを幾度となく弾き、わたしの返事を待った。
そりゃ昔は何でもかんでもやり直したいと思っていた。
リセットしたいことだらけで溢れかえってた。わたしの
メロンパンを食べたのがきっかけで
喧嘩して
恋人と別れた事もあったし、
お酒を飲み過ぎて気付いたら素っ裸で
片思いだった人の家で目覚めたりした事もあった。
でもね、戻ってやり直せる
過去なんて絶対無いってわかっちゃったの。なんかわたしひねくれてるね…。それとも年を重ねたせいで、夢見なく
なっちゃったのかな。
『これまでがあって今があるんだから、やり直したい
過去なんてないよ。』
『ふーん、そっか…』
ちょっと
がっかりしたような返事だった。
わたしが彼と出会って間もなく10年になる。思い返せばあっと言う間だけど、たくさんの思い出が溢れている。初めての
デートで見に行った
映画がとんでもなく酷かったり、こっそり
学校の中で
キスしたり、
生理が来なくて大騒ぎしたり、
暑い中あっちこち
散歩したり…。
もちろん
喧嘩もしたし、毎日連絡しあってたのに意地になって連絡しなかったりもした。だってわたしから連絡したら負けだと思ったから。でも優しくて頼りになる彼が大好きだった。
そんな彼と別れて二年が過ぎた。好きだったけど別れた。毎日毎日泣き続けるくらい辛かったし、最後の別れを告げられた後、
自分の居場所を見失って
仕事に行けない日々が続いた。今でも時々彼を思い出して胸が苦しくなる事があるけど…。
すごく辛かった時期をわたしは頑張って乗り切ったのに、幾度となく彼からやり直そうって言われた。けど、もう無理なの。もう、わたし苦しい思いするの嫌なの。わたしの気持ち全然わかってないんだもん。
でもね…わたしも年を重ねて考え方が変わったのかな。今ならわかるんだ…もしあの時に戻ってやり直せたらって。彼はあの時戻りたい
過去があったのかな?
自分はそんなの無いって決めつけてたから聞きそびれちゃった。
ふと
デスクの中から出てきた彼から貰った…と言うか
勝手に貰っちゃった
ライターが出てきたせいで、思い出しちゃったじゃん。もー。
自然に出た微笑みは
自分でも何を
意図するのかわからなかった。何でわたし笑ってるんだろ。そんな時だった。彼の
訃報連絡が入ったのは。
えっ?
誰にも気付かれず、誰にも迷惑を掛けず彼はこの世を去っていった。彼らしいと言えばそうなのかもしれない。でも
フェードアウトだなんてらしくないよ…。もっとド派手に締めくくるのが好きだったでしょ?静かにしてる割に目立ちたがり屋さんだったでしょ?それなのになんで?ねぇ、なんで?
遺書に書かれた
言葉は
『ありがとう』
『ごめんなさい』
『
バイバイ』
の3行だけだった…。
携帯は3日前に解約され、部屋は
言葉通り
空っぽ。ずっと誰かを待っていたかのように、
遺書だけがそこにポツンと置かれてたんだって。
死ぬなんてバッカじゃないの!本当にバカ!
バカバカバカ!
部屋の角で目の縁を真っ黒くしながら泣いているわたしがいる。なんで彼の為にまた泣かなきゃいけないの?もう苦しいの嫌って言ったじゃん!
ウソでもいいから実は生きてますって事にしてよ!早く
ビックリした?って
電話掛けてきなよ!
わかってる、わたしも大人だから…わかってる。わかってるけど
ダメなの…わかってるから
ダメなの。だって嫌いじゃないんだよ?なんでまた泣かなきゃいけないの?もういやっ!
『もしも
人生をやり直せるとしたら、どこからやり直したい?』
その
言葉が頭を過った。
過ぎた
時間は戻らない。いくら考えたって、今は今でしかない…。
どこでもドアが欲しいな、
タケコプターが欲しいな。
夢物語なのはわかってる。
でも今は
デスクの引き出しを開けたら、
タイムマシンがあったらいいのにな…。
『もしも
人生をやり直せるとしたら、どこからやり直したい?』
あなたにはそんな
過去、ありますか?