2010-03-30

空を自由に飛びたいな

『もしも人生をやり直せるとしたら、どこからやり直したい?』

彼はそう言うと、いつものように人差し指で缶ビールのプルタプを幾度となく弾き、わたしの返事を待った。

そりゃ昔は何でもかんでもやり直したいと思っていた。リセットしたいことだらけで溢れかえってた。わたしのメロンパンを食べたのがきっかけで喧嘩して恋人と別れた事もあったし、お酒を飲み過ぎて気付いたら素っ裸で片思いだった人の家で目覚めたりした事もあった。

でもね、戻ってやり直せる過去なんて絶対無いってわかっちゃったの。なんかわたしひねくれてるね…。それとも年を重ねたせいで、夢見なくなっちゃったのかな。

『これまでがあって今があるんだから、やり直したい過去なんてないよ。』

『ふーん、そっか…』

ちょっとがっかりしたような返事だった。




わたしが彼と出会って間もなく10年になる。思い返せばあっと言う間だけど、たくさんの思い出が溢れている。初めてのデートで見に行った映画がとんでもなく酷かったり、こっそり学校の中でキスしたり、生理が来なくて大騒ぎしたり、暑い中あっちこち散歩したり…。
もちろん喧嘩もしたし、毎日連絡しあってたのに意地になって連絡しなかったりもした。だってわたしから連絡したら負けだと思ったから。でも優しくて頼りになる彼が大好きだった。

そんな彼と別れて二年が過ぎた。好きだったけど別れた。毎日毎日泣き続けるくらい辛かったし、最後の別れを告げられた後、自分の居場所を見失って仕事に行けない日々が続いた。今でも時々彼を思い出して胸が苦しくなる事があるけど…。

すごく辛かった時期をわたしは頑張って乗り切ったのに、幾度となく彼からやり直そうって言われた。けど、もう無理なの。もう、わたし苦しい思いするの嫌なの。わたしの気持ち全然わかってないんだもん。

でもね…わたしも年を重ねて考え方が変わったのかな。今ならわかるんだ…もしあの時に戻ってやり直せたらって。彼はあの時戻りたい過去があったのかな?自分はそんなの無いって決めつけてたから聞きそびれちゃった。


ふとデスクの中から出てきた彼から貰った…と言うか勝手に貰っちゃったライターが出てきたせいで、思い出しちゃったじゃん。もー。



自然に出た微笑みは自分でも何を意図するのかわからなかった。何でわたし笑ってるんだろ。そんな時だった。彼の訃報連絡が入ったのは。

えっ?

誰にも気付かれず、誰にも迷惑を掛けず彼はこの世を去っていった。彼らしいと言えばそうなのかもしれない。でもフェードアウトだなんてらしくないよ…。もっとド派手に締めくくるのが好きだったでしょ?静かにしてる割に目立ちたがり屋さんだったでしょ?それなのになんで?ねぇ、なんで?


遺書に書かれた言葉

『ありがとう』
『ごめんなさい』
バイバイ

の3行だけだった…。携帯は3日前に解約され、部屋は言葉通り空っぽ。ずっと誰かを待っていたかのように、遺書だけがそこにポツンと置かれてたんだって。

死ぬなんてバッカじゃないの!本当にバカ!バカバカバカ!

部屋の角で目の縁を真っ黒くしながら泣いているわたしがいる。なんで彼の為にまた泣かなきゃいけないの?もう苦しいの嫌って言ったじゃん!ウソでもいいから実は生きてますって事にしてよ!早くビックリした?って電話掛けてきなよ!

わかってる、わたしも大人だから…わかってる。わかってるけどダメなの…わかってるからダメなの。だって嫌いじゃないんだよ?なんでまた泣かなきゃいけないの?もういやっ!


『もしも人生をやり直せるとしたら、どこからやり直したい?』


その言葉が頭を過った。

過ぎた時間は戻らない。いくら考えたって、今は今でしかない…。どこでもドアが欲しいな、タケコプターが欲しいな。夢物語なのはわかってる。

でも今はデスクの引き出しを開けたら、タイムマシンがあったらいいのにな…。









『もしも人生をやり直せるとしたら、どこからやり直したい?』

あなたにはそんな過去、ありますか?

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