2009-09-16

http://anond.hatelabo.jp/20090916010304

教育制度に関係なく、

それなりに世間の空気を読める人は

個別に問題解決能力を獲得している。

それは「空気が読める人」ではなく「他人に空気を読ませられる人」か「空気を読む必要がない人」だろう。

空気を読むとは、端的に言えば自己主張を捻じ曲げて多数派や既存の価値観に阿ることであり

問題解決能力云々とは何の関係もない。

記事への反応 -
  • 日本は相手の話に根拠を求めない。 空気を読むことを強要され、話に流されやすく、 誰かが話したことは疑われずに「真実」になってしまう フィンランドは子供のころから「ミクシィ...

    • 均質化された社会では、リテラシーの底上げがされていたため 専門的な事項を除いてドキュメント化が不要であり、 マニュアルを参照することなく暗黙の了解で業務遂行可能な組織は ...

      • 教育制度に関係なく、 それなりに世間の空気を読める人は 個別に問題解決能力を獲得している。 それは「空気が読める人」ではなく「他人に空気を読ませられる人」か「空気を読む...

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