2009-08-23

天使と20分(ver.1)

 こんなことがあった。

 とある冬の夜、家に天使が来た。

「…よく家に来ましたね」

「特別用事もなかったですし」

「誘われると断れない性格じゃないんですか?」

「誘いにのったんじゃないですよ。気が向いたから来たんです」

「……ツンデレ?」

「何言ってるんですか?」

「……コーヒー、飲みます?」

「あなたがそうしたいなら」

 つけいる隙もない。コーヒーを淹れる間、沈黙が嫌なので話は続く。

「…もしかして、床から浮き上がっているのは部屋が汚いから?」

「わたしはもっと汚れた世界を見てきています」

「じゃあ、どうぞ楽にして下さい」

「お構いなく」

 湯を沸かしはじめるが、時間は容赦なく沈黙を積み重ねていく。

「天使生活は長いのですか?」

「気づいた時にはすでに天使でしたがそれが何か?」

「いったい何をしにこの家に?」

「逆にあなたに聞きたい。何故天使など好きになった?」

 はっきりしたことをいう。

「わかりますか」

「わかりますね。これでも天使ですから」

「…困りますか」

「いえ別に。慣れてますから」

「慣れてるんですか」

「ええ、頻繁なんで」

「大変ですね」

「慣れました」

「…そうですか…そういう身分になってみたいものですな」

「止めておいた方がいいです」

「何故?」

「好きになられても、好きになることはないからです」

 無情な時間が積み重なる。天使のくせに、慈悲も何もあったものではない。仕方がないので俺は出来上がったコーヒーを指しだす。天使は軽く礼をしてコーヒーを口にする。

「じゃあ」と俺は話しかけた。「断ればいいじゃないですか、貴方の意には添えませんって」

「断るというのは、断らなければならない理由があるからですね」と天使は淡々と話す。「私の側から断る理由はありません」

「でも、それじゃあ可哀想じゃないですか」

「可哀想? 私を好きになったのは、あなたの理由によるものです。私にその責はありません。断ることで、あなたの物語を完結させる気はありません。あなたの物語は、あなたが自分でピリオドを打てばいいんです」

 天使は話を続ける。「勝手に好きになって、勝手に嫌いになればいいんです。人のそういうやり方に私は慣れています」

「でも……それじゃあ、あなただって辛いでしょう」

「何が? わたしの何が辛いっていうんですか?」

「だって…あなたは、誰かを好きになったりしないんですか?」

「しません。天使ですから」

 ストーブはきゅうきゅうと音を立て、その音がすべての音を吸い込んでいくようだった。

「……天使という種族は、自分しか愛せないんですか?」

「あなただって、誰かを愛せるような人には見えませんが」

「そうですよ。でも、僕はあなたと違う」

「天使じゃないから?」

「愛することを教えられたから、ですよ」

「へえ、誰にですか」

「……あなたにですよ、エンジェル」

 うわ。

 またも重苦しい沈黙。どうしてこういう会話になったのだ。俺はただちょっと間だけでも、この子と話をしたいだけだったのに。

「…それが、愛の告白ってやつですか」

「……そのつもりは、なかったんですがね」

「…どちらにせよ、願いは叶えられません……社交辞令を付け加えれば、残念ですが」

 

 

 そして天使はコーヒーを飲み干して、汚れた部屋を出ていった。

 社交辞令を言わせただけでも、収穫だったと言わねばなるまい。何せ相手は天使なのだ。

 

 

 その後、天使が家に来ることはない。どんなきっかけで来るのかも、見当がつかないのだ。

 彼女のことを思うと、背中に残された、千切れた羽根の傷跡がうずく。

  • 面白いですね。創作今後も頑張ってください。 添削癖のような悪癖で、聞きたいことをいくつか・・・ ・前半と後半のリズムの違い。会話の中に突如、簡単な状況描写や、○○は話し...

    • 気がついてくれてありがとう。 これを「創作」と呼ばれると正直「そんなんでもないよ」と言いたくなります。この文章を書こうとした始まりの思いが大きすぎて、作品という風に独立...

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