こんなことがあった。
とある冬の夜、家に天使が来た。
「…よく家に来ましたね」
「特別用事もなかったですし」
「誘われると断れない性格じゃないんですか?」
「誘いにのったんじゃないですよ。気が向いたから来たんです」
「……ツンデレ?」
「何言ってるんですか?」
「……コーヒー、飲みます?」
「あなたがそうしたいなら」
つけいる隙もない。コーヒーを淹れる間、沈黙が嫌なので話は続く。
「…もしかして、床から浮き上がっているのは部屋が汚いから?」
「わたしはもっと汚れた世界を見てきています」
「じゃあ、どうぞ楽にして下さい」
「お構いなく」
湯を沸かしはじめるが、時間は容赦なく沈黙を積み重ねていく。
「天使生活は長いのですか?」
「気づいた時にはすでに天使でしたがそれが何か?」
「いったい何をしにこの家に?」
「逆にあなたに聞きたい。何故天使など好きになった?」
はっきりしたことをいう。
「わかりますか」
「わかりますね。これでも天使ですから」
「…困りますか」
「いえ別に。慣れてますから」
「慣れてるんですか」
「ええ、頻繁なんで」
「大変ですね」
「慣れました」
「…そうですか…そういう身分になってみたいものですな」
「止めておいた方がいいです」
「何故?」
「好きになられても、好きになることはないからです」
無情な時間が積み重なる。天使のくせに、慈悲も何もあったものではない。仕方がないので俺は出来上がったコーヒーを指しだす。天使は軽く礼をしてコーヒーを口にする。
「じゃあ」と俺は話しかけた。「断ればいいじゃないですか、貴方の意には添えませんって」
「断るというのは、断らなければならない理由があるからですね」と天使は淡々と話す。「私の側から断る理由はありません」
「でも、それじゃあ可哀想じゃないですか」
「可哀想? 私を好きになったのは、あなたの理由によるものです。私にその責はありません。断ることで、あなたの物語を完結させる気はありません。あなたの物語は、あなたが自分でピリオドを打てばいいんです」
天使は話を続ける。「勝手に好きになって、勝手に嫌いになればいいんです。人のそういうやり方に私は慣れています」
「でも……それじゃあ、あなただって辛いでしょう」
「何が? わたしの何が辛いっていうんですか?」
「だって…あなたは、誰かを好きになったりしないんですか?」
「しません。天使ですから」
ストーブはきゅうきゅうと音を立て、その音がすべての音を吸い込んでいくようだった。
「……天使という種族は、自分しか愛せないんですか?」
「あなただって、誰かを愛せるような人には見えませんが」
「そうですよ。でも、僕はあなたと違う」
「天使じゃないから?」
「愛することを教えられたから、ですよ」
「へえ、誰にですか」
「……あなたにですよ、エンジェル」
うわ。
またも重苦しい沈黙。どうしてこういう会話になったのだ。俺はただちょっと間だけでも、この子と話をしたいだけだったのに。
「…それが、愛の告白ってやつですか」
「……そのつもりは、なかったんですがね」
「…どちらにせよ、願いは叶えられません……社交辞令を付け加えれば、残念ですが」
そして天使はコーヒーを飲み干して、汚れた部屋を出ていった。
社交辞令を言わせただけでも、収穫だったと言わねばなるまい。何せ相手は天使なのだ。
その後、天使が家に来ることはない。どんなきっかけで来るのかも、見当がつかないのだ。
彼女のことを思うと、背中に残された、千切れた羽根の傷跡がうずく。
面白いですね。創作今後も頑張ってください。 添削癖のような悪癖で、聞きたいことをいくつか・・・ ・前半と後半のリズムの違い。会話の中に突如、簡単な状況描写や、○○は話し...
気がついてくれてありがとう。 これを「創作」と呼ばれると正直「そんなんでもないよ」と言いたくなります。この文章を書こうとした始まりの思いが大きすぎて、作品という風に独立...