2009-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20090709015148

「好きになる」行為は、対象さえいれば一人で完結している。

でも好きになる方は、相手のことにただならぬ関心があるわけだから、

相手をより深く理解したいという強い欲求がある。

その欲求の解決方法として、下でも書かれているように「時間の共有」

言い方を変えれば「体験の共有」が一般的な手段となっている。

一緒の時間を過ごすことで、観察の機会を得て

どんな時にどんな反応をし、どんな考え方をするのかと

相手の有り様を感じ取ろうとするわけだ。

 

「つきあう」と言うことを個々人の観点で捉えれば、

コミュニケーションのために時間を割く行為とみなせる訳で、

連絡手段が豊富な現代では、必ずしも常に同じ場所にいなくても

お互いに都合の良い距離感時間感覚コミュニケーション

取る手段を選ぶことが出来る。

自分の得意なコミュニケーション手段を使って

相手のことが理解できるなら、

そういう「好き」になり方もあるように思う。

それで互いに相手との間合いの取り方が分かってくれば

いろんなつきあい方が出来るんじゃないかな。

 

問題は、

本当に好きになったら、相手の魂に触れる距離まで近づきたくなっちゃうことか。

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