ジリジリジリジリジリジリジリジリ。
けたたましくあらゆる人類にとって不快であろう時計のアラームを力任せに叩き、束の間の静寂を欲する毎朝の私。
昨夜は遅くに不定期で放送されるお気に入りのコント番組に見入ってしまったせいか、目蓋が例年より23%重い。
どんより、のろのろと布団から少しづつ這い出ながら、
先刻、この世のすべての災厄の元凶への憎しみを込めるかのような勢いで叩いた目覚ましに目を向けると、午前8時10分。
身なり構わず超特急で走るか、定期的に鬼と化す母親を騙くらかして仮病で休むかのボーダーラインだった。
…よし、走るか。
どうにか決心が固まった。そもそも起床直後の脳であの鬼を丸め込む精神的コストの方が高くつく。
そうと決まれば、血走った目で時計をブッ叩いた時の殺気はどこへやら、
我が身を鼓舞するかのように口に出してみる、「いっけなーい!遅刻遅刻ー!」。
今朝は寝癖も普段よりは酷くない。
寝坊した場合の行動パターンを頭の中で組み立てながら、同時進行で身支度を済ませる。
小学生ではあるまいし朝食を抜いても一向に構わないのだが、
とりあえず「お約束」を意識して、おもむろに食パンの角を口に銜えてみる。
唾液で千切れると格好悪いので、8枚切りから6枚切りのパンと交換する。これで準備は万端だ。
普段は何も言わずに家を出るけれど、ここはやはり「お約束」が優先。
不必要にバタバタと足音を立て急いでます感を演出したのち、「いってきまーす!」と玄関を出る。
食パンを落とさぬように下顎でバランスを取りながら、左手首を探す。
どんなに急いでいても長年の習慣のおかげで忘れることのない腕時計をみると、あと5分でチャイム。
今日は覇気のない副担任がHRを担当する曜日なのでそんなに恐れはないけれど。
緊張感が若干緩んだ瞬間ふと思い浮かんだのは、慌てて着替えていた5分前の自分の姿。
ああ、今日しまパン穿いたんだっけ。
そうだ、そうだった。あの布きれがこんな少女マンガじみた行動の引き金だ。
淡い水色と白の縞模様で、やわらかな印象のしまパンだ。
ちょっと子供っぽい柄なのは自覚しているけど、まあそういう需要もなくはないだろう。なんちゃって。
しかし、私がこれだけセルフお膳立てしても、致命的な、きわめて致命的な事実がひとつある。
そして文字通り、私の家と学校まではほんとうに、「直線」距離なのだ。
直線。道幅が広く見通しの良い、きれいに舗装のされたまっすぐの一本道。
だから。どんなに寝坊しても食パンを銜えてもいっけなーい!と言って走っても。
どんなにやわらかな綿のしまパンを穿いたとしても。
私にドラマは訪れない。決して訪れることはない。 残念ながら、そんな星の下に生まれた。
私はお気に入りの、淡い水色と白の布きれをを片足ずつ道端に脱ぎ捨て、今年通算7回目の回れ右をして家へと引き返す。
午前8時25分。水分を含んでどんよりと重く生ぬるい、夏の風が吹いていた。
あぁん?なんだぁ?ラノベかぁ? 青春万歳。