今週に入って三度目の雨に俺の心もびしょぬれになっていた。さっきから車は泥をはねまくりで俺の一張羅のコートはどろどろのぐったぐたで正直吐きたい。道路にぶちまけたいという思いにかられた俺はひょこひょこと国道に顔を出した。そのとき、F1みたいな音が駆け抜けたかとおもうと俺の首が飛んでいた。そして、青い屋根のないスポーツカーの助手席に鎮座していた。
「どう? 楽になった?」
前を向いたまま俺を気遣う女はピンクのコートと赤いサングラスと黒いマフラーという意味不明のファッションに身を包み、片手でハンドルを握り、もう片方の手でまっ黄色に染めた髪をいじっている。俺は生首のまま言った。
「うん。少しましになった」
おいおいおいおいおい。俺は何を言っているんだ。生首になって、喋っているのは何でかとか、この異常な状況を自然に受け止めているお前は何者だとか、そもそも俺は何で生きてて、お前はそれを知ってて、ううう、頭が痛い。頭しかないからか。
「君の知りたいことをたぶん、私は答えられない」
「そうか」
俺は体を失って数分で、体に対する興味をなくしていた。先ほどまでぐるぐると頭にまとわりついていたアレコレは既に消えうせて、今はこの位置では外が見えないことだけが不満だった。
それから、じゃがりこで一番美味い味は何かについて話し合い、見ず知らずの女と本気で喧嘩した後、二人で病院に行った。お医者さんが言うことには、俺は生首なのでいつか死ぬらしい。女は、俺を抱きしめて泣いた。俺も悲しくなった。やっとじゃがりこの味について真剣に話し合える女とめぐり合えたのに俺は死ぬのか。
「死ぬ前に」
うんうん、とうなずく女と医者。
そして、すかさず俺は死んだ。舌がだらしなく飛び出て、白目をむいて。首の下からは忘れてたように血が流れ出した。診察室のベッドのシーツを俺の血が真っ赤に染めていく。
何で、俺がその様子を克明に記述しているかって?
それは死の瞬間に俺の意識は目の前の医者に移ったからだった。女はそのことに気づいていたみたいで、俺の首にかじりついて泣いた。
俺は泣く女の頭をなでながら慰めてやる。女は俺に聞く。
「どうやったの?」
俺はにやりと笑って答える。
「しらねえよ」