http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2008/09/post-af53.html
「無重力を肌で感じれば人の意識だって変わるさ」と脳内の富野キャラが言ってますが(時候の挨拶)。
人が感覚的に理解しがたいのは、無重力状態よりむしろ、真空状態なんじゃないだろうかと思った。
無重力状態は擬似的には体験することができて、宇宙飛行士の水中での作業訓練はまさにそれなわけで、そんなに厳密でなくていいなら、プールにでも何でも入れば(たいていは浮力を受けるけど)、まあそれっぽい体験はできる。しかし、真空状態、粘度0の世界はなかなかに難しい。空気抵抗、空気の粘度というのは案外に大きくて、おかげでパラシュートは墜落しないわけだけど、その高い粘度の世界で普段生きている人間にとって、真空状態での物体の挙動というのはなかなかに理解しがたい。
例えば、真空状態で羽毛と鉄球を落とすと同じ(加)速度で落ちるというコラムが小学校の科学の教科書に書いてあったけど、知識があるからこそそうなるんだということは分かっているけれど、想像するのはけっこう難しい。振っている旗の挙動にしたって同じで、ただでさえ複雑な運動でわかりにくいのに、普段体験したことのない、運動量がそのまま保存される世界でどう動くかなんて想像の埒外だ。
んで、自分の感覚と一致しないものを目の当たりにしたとき(正直自分で動画を見たときも「嘘くさい」挙動だと思った)、自分の側に引き寄せる、水中での撮影であると断ずる、というのは愚かな行為ではあるけれど、なかなかに変えがたい感性なのかなとも思った。