もう増田で、どんなに変なことが書いてあってもからんだりするのやめよう。「これはもう、からむしかない!」と思ってもスルー。だいたい、変な人にからんでよかったと思ったことは、今まで一度もなかった。
あと釣っても仕方ない。多分1年後には釣ったことさえ忘れている。忘れてなかったとしても、果たして死ぬときに「そういえば増田で釣ったのもいい思い出だなあ。いい人生だった」のように振り返ることがあるだろうか。多分ない。というか、「いい人生ファクター」に、「増田で釣る」ことが入ってしまう人生でいいのかという問題がある。
「からまない」「釣られない」「釣らない」、これを今後の増田の三大原則にしよう。「からむなら見るな 見るならからむな」、これを増田の自分標語にする。和歌も詠んでおこう。「釣りたさに 増田を開いて ながむれば いつもと同じ 増田の夕暮れ」。