人は自分だけのちからではどうにもならない現実に直面したとき、何かしらの人知を超えたそんざいに畏敬の念をもって祈りを始める。
それが信仰となり宗教となった。
人の人情としてはごく自然な行動だと思う。
しかし、現代人は科学や学術ですべてを割りきれると思うようになり、大自然の全てを支配できると思うようになった。そして、人知を超えたそんざいに畏敬の念を持たなくなった。
ところがそこから生まれる歪みが環境破壊や地球温暖化というかたちで噴出している。
だから、宗教の持つ価値を軽視されはじめたのは宗教そのものにも一つの原因はあるわけだが、一方では人間のエゴを抑止し乗り越える意味でも、現代は正しい宗教思想を求めているとも言える。
人間が自らのエゴを超えるか?それともエゴに支配されつづけるか? でせめぎ合いをしているのだよ。
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そういえば、私の祖母の話を思い出した。 私の祖母は創価学会が大嫌いだ。 私の母の姉(祖母から見ると、娘)は昔、大きな病気をしたらしい。 そのとき、近所の創価学会信者の人が...
それ以外にもそういった分からないものにすがる・すがらないを決める要素 避けられなかった不幸の原因は自分にある、と考える傾向の人は宗教に走りやすいんじゃないかと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20080819001353 を書いた元増田です。 読んでくれた人、ブクマやトラバしてくれた人ありがとう。なんか泣けた。 「あれ、おいら、なに泣いてんだw」とか思ったけど、...
http://anond.hatelabo.jp/20080826233030 を書いた元増田です。 これを書いてからまたいろいろ考えたんだ。 あれを書いたとき、自分は自分のことを冷静だと思ったんだけど、でも今思うと...