いわゆる不倫ってやつで、相手はその後輩と同じグループで教育係的だった先輩。
義理人情に厚く、頭の回転も速くて明るく楽しいけれど、一方では短気でちょっと怒りっぽくて、それでいてどこか屈折を感じさせていた先輩。
私もその先輩にはよく怒られ、そしてとても世話になった。
彼が、一途で不器用だけど天真爛漫だったその後輩の笑顔を奪ったかと思うと、飛んでいって大声で怒鳴りつけたい気持ちである。
でもそれはできない相談。
なぜならその先輩は既に故人だから。
そして後輩から笑顔が消えたのは、先輩が手遅れの病で若くして世を去ったまさにその時。
先輩の葬儀の時、何も知らなかった私は、あんなに可愛がってもらっていた後輩がどうして参列していないの?とひたすらいぶかしんでいた。
参列しなかったのではない。参列できなかったのだ。
何となくその時から感づいてはいたのだけど、頭の中でそんな筈はない、と打ち消していた。
それまで私を含む昔の職場時代の仲間とも打ち解けて話していた後輩が、急にどこかよそよそしくなったのも、その頃である。
今思えば、愛した先輩のにおいのする人々と距離を置いていたのだ。仲間のごく一部に真相を知られていたのも大きかったに違いない。誰が真相を知っているか、私は薄々気づいていた。でも真実を知るのが怖くて訊けなかった。
そんな後輩の柔らかな笑顔を久々に見たのは、一ヶ月ほど前のこと。先輩が亡くなった後に赴任した地でお世話になった女性と一緒に笑っていた。
振り返れば、その女性を初めとする地方の人々は、きっと抜け殻になっていた後輩を温かく癒してくれたに違いなかった。
昨日、後輩が婚約したとの噂を耳にした。相手はうちの職場と縁もゆかりもない所、昔の苦しい恋と結びつける何をも持たない場所に暮らしている人らしい。
そして今日、勇気を持って、私は真相を知っていると見込んだあの頃の仲間に問い質し、すべてを知った。
ごめんね。その頃職場が離れていたとはいえ、一番苦しい時に、何の力にもなれなくて本当にごめんね。
私なんかあてにしていなかったかも知れないけれど、でもごめんね。
仕事中だったから泣けなかったけれど、私は心の中でひっそり号泣した。
近く、後輩はここより少しだけ遠くに赴任していく。結婚してしまったら、もしかすると二度とこの近くには戻ってこないかも知れない。
婚約はまだオープンにはなっていないから、「おめでとう」とは言えないけれど、是非会って後輩の目を見て握手して、こっそりと祝福したい。そして前途あれと祈りたい。それが今の後輩に私がしてあげられる、唯一のことである。