「どうして人をころしちゃいけないの?」
A:……。
B:……。
C:殺人を犯せば厳罰に処される可能性もある。しかし君がそれでもかまわないと言うのなら
止める理由はどこにもない。一切は許されているのだから。
B:ちょっと待て。一切は許されていると言うが、その根拠は何だ。実際は何も許されてなどいない。
現に我々の社会には殺人を禁忌とする通念があるじゃないか。だからこそそれを犯した者に対して
厳罰が与えられるのだ。違うか?
C:それがどうした。そのような通念は共同体の運営と維持のために作り出された方便でしかないのだ。
究極的には正当性などないし、ゆえに絶対的な拘束力もない。
B:なぜ正当性がないと言い切れる? それに共同体のために作り出されたなんて、君の想像でしか
ないんじゃないのか? わかりもしないことについて訳知り顔で語る、その行為こそ正当性を欠いている。
語りえぬことには沈黙せねばならない。我々にできるのはそこにある倫理をただそこにあると認めること。
それだけだ。それ以上に踏み込んだ言説は結局のところどれも誤謬でしかない。
C:では逆に訊くが、「それ以上に踏み込んだ言説は結局のところどれも誤謬でしかない」、この命題が
誤謬でないという根拠はどこにある? 君は私が根拠もなくひとつの価値観を称揚するのを批判したが、
君がやっていることも結局は同じことなのではないのか?
B:もちろんそうだ。本来なら私も沈黙を守るつもりでいた。しかし君がさも真実であるかのように
誤謬を口にするのを見て、どうしても我慢がならなかった。それは無効だと言っておきたかったのだ。
「ねえ、どうしてころしちゃいけないの? ねえってば」
A:……あのね、神様が「人を殺してはいけません」って言ってるんだよ。だからダメなの。
「うん、わかった。ありがとう」
B:……。
C:……。
D:……「神の教えに背く者は殺せ!」と神はおっしゃっている。 「うん、わかった。ありがとう」