2007-11-18

閉じ込められることはよくあった。濃淡のない闇にだんだん目が慣れて、少しずついろんなものが見えるようになる。キーンと言う音が耳の中でずっとなり続けていて、強まったりまったりする。世界は濃淡でできている。闇の中にいるとそういうことがわかる。

ただ静かだった。遠くに誰かの声が聞こえるけれども、ここまではやってこなかった。自力で出ることはもう諦めていた。じっと我慢していればそのうち明るいところへ引きずり出される。それからちょっと我慢すれば終わりだ。それだけだ。そういうことを学習していたから別に怖くもなかったし恐れもしなかった。人の声も、感情も、出来事も全て濃淡でできているのだ。そう思えば、何も特別には感じなかった。ただまた、波がくるんだな、と思うだけだった。

あの頃、いつも見ている人がいた。窓際の席に座っている彼女はいつもまじめにノートを取っていた。正しいシャーペンの持ち方でいつもうつむいて何か書いていた。午前中の光の中で、その顔は逆光になり見えなかった。日が昇り、午後になり、それでも彼女は何かを書き続けていた。少しうつむいて、背中を丸めて、たまにちらりと黒板を見上げて興味なさそうに頬杖をついた。僕はどこかしら彼女に近いものを感じていたのかもしれない、いや、感じようとしていたのかもしれない。彼女が動くたびにさらさらと前髪が揺れているのばかり目に入った。

いつだったか、彼女が一度だけ僕に話しかけたことがあった。その日もよく晴れていたから、逆光の中で彼女の顔はよく見えなかった。僕は彼女の表情がわからなかった。笑っているのか、嫌そうなのか、起こっているのか、悲しそうなのか、僕にはわからなかった。逆光の中の彼女の顔には濃淡が見えなかった。彼女は僕の名前を読んだ。少し低い声で。

「カイセツコウシって知ってる?」

「…………」

僕はしばらく考えてから首を横に振った。彼女はそう、と答えた。

なぜ、彼女が僕に聞いたのかはわからなかった。一瞬全てが静寂に包まれ、全ての濃淡が消えた。ような気がした。

「ここに見えてるから」

「…………」

やわらかくもなく、硬くもなく、均一でもなく、かといって抑揚があるわけでもない声。僕はそこに濃淡を読み取れなかった。僕にはわからなかった。彼女の顔は逆光で見えなかったから。だからわからなかった。

「……なんで僕に?」

「さぁなんとなく」

「…………」

たざわめきが戻ってくる。彼女は僕に背を向けて座った。何事もなかったかのようにまた、日常が始まった。また、波が、僕らを包み込んだ。僕は背を丸めて、親指を噛んだ。

僕はまた、闇の中にいた。わずかな隙間から光が漏れていた。いつまでたっても闇の濃淡がわからなかった。光は僕にはまぶしすぎる。光は闇の濃淡をかき消してしまう。僕は不安になって暗闇のほうへ身をかがめようとした。身をねじったとき、僕は見た。そこにある濃淡に気付いた。

(カイセツコウシって知ってる?)

僕はその光に手を伸ばした。干渉縞はほんのりと暖かかった。

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          • 「ボードゲームオタが非オタの彼女に世界のボードゲームを軽く紹介するための10本」 したかったなー。終わっちったか。

            • それは俺が見たいから是非やってくれ。 レーベンヘルツとかカタンとかプエルトリコとかあの辺を無理矢理紹介するのはちょっと見たい。 (無論ボードウォーゲームでも可)

              • 報告まだでした。 http://anond.hatelabo.jp/20080805205151 こんなもんでどうでしょうか。 私のこういう意図にそって、もっといい10本はこんなのどうよ、というのがあったら 教えてください。

          • 頑張れ!妖怪モトマスダ! もしかして「軽く紹介するための10本」シリーズは全て目を通しているのか! どんだけオタクだよ!かっこいいな! その二つを書いた人じゃないけど、ネタを...

        • ちょっと前のやつだけど、これ見てちょっと驚いた。 この中の5つのエントリ、自分が書いた奴だった。 地味に嬉しかった。

    • レスありがとう。 と言いつつゴメン、俺には前半部分は詭弁にしか見えません。 単純な話にするね。 例のエントリのブクマコメントを読むと、創作と認定しているコメントはほぼ見当...

      • いや、もちろんわかんないよ。ブクマした人の本心なんて。 私も同意です。 あなたは「ブックマーカーにはいろんな人がいるから、例のエントリへのブクマ数が不正だと思わない」...

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