2007-08-11

女殺し

女殺し。それが僕のあだ名だった。何だよ、珍しくもないじゃないか。確かに言葉だけ見ればそうなのだが、意味大分隔たっていた。一般的に女殺しというと、女性モテる男性のことを指し、軽い冗談として、親愛の情を持って呼ばれるものだが、僕のはそうではなかった。文字通り女を殺すという意味で、侮蔑と畏怖の情をこめてそう呼ばれていたからだ。

小さい頃から僕の周りの女の子はよく怪我をした。同じ幼稚園の組だったなつこちゃんや、小学校のときよく一緒に遊んだしずかちゃんやに、ひとみちゃん。そして好きだったまみこちゃん。他にも数え上げればキリがないくらい、僕の周りでは女の子が怪我をした。だけど、元々怪我の多い子供の頃のことだったので、誰もそれに気づかなかったし、僕自身も違和感程度にしか気づいてなかった。

でも、中学に入る頃になってそれは変わった。ただの怪我では済まなくなったからだ。中学一年の頃、僕は同じクラス由衣ちゃんラブレターをもらった。僕も由衣ちゃんのことは気になっていたので、告白に応じようとした翌日。由衣ちゃん入院していた。下校しようとしていたら、2階の教室から鉢が落ちてきて頭に当たったそうだ。幸い、当たり所は悪くなかったようで、大事に至ることはなかったのだけど、僕がお見舞いに行くと、急に青ざめた顔になって、「もう来ないで!あたしに関わらないで!」と周りにあったものを投げつけられた。わけがわからず、理由を聞いてはみたのだけれど、由衣ちゃんは半狂乱状態で会話することはできず、僕は諦めて帰ることにした。数ヶ月語、退院したと風の噂に聞いたが、由衣ちゃん学校へ来なくなり、もう会うことはなかった。

由衣ちゃんが僕を拒絶した理由が気になっていたものの、中学も3年になる頃には、ほとんど忘れていて、僕は同じクラス良子ちゃんに恋をした。良子ちゃんは確かに顔もかわいかったけど、それ以上に誰にでも明るく親切で、そして真っ直ぐな性格が魅力的だった。修学旅行の帰りのバスで、運良く良子ちゃんと隣になれた僕は思いきって告白した。良子ちゃんは、驚きの表情を浮かべ、そして少しはにかんだ後、OKしてくれた。クラスのほとんどが旅行の疲労で眠る中、僕は初めてのキスをした。金曜日が最終日だったので、旅行から帰ってきたら土日と2連休だった。旅行で疲れてはいたけれど、早く良子ちゃんに会いたくて会いたくて、疲れも忘れて、何を話そうか、何して遊ぼうかなどと、良子ちゃんとのことばかり考えていた。

月曜日良子ちゃんは足を怪我していた。ちょっと捻っただけだからと明るく言った。水曜日良子ちゃんは腕に怪我をしていた。ちょっと転んじゃってさと明るく言った。木曜日良子ちゃん入院した。駅の階段から落ちて打撲と軽い骨折をしたらしい。僕はその時になってようやく由衣ちゃんのことを思い出した。良子ちゃんに、由衣ちゃんのように拒絶されたらと考えるだけで胸が張り裂けそうだった。でも、だからといって、お見舞いに行かないわけにもいかないし、それでも僕は良子ちゃんに会いたかった。おそるおそる病室のドアを開けるといつもの眩しい笑顔が僕を迎えてくれた。ドジちゃったよ、なんていつものように明るく言っいたものの、僕を心配させまいと気遣ってる様子が垣間見えた。拒絶されるよりもずっと心が痛かった。大丈夫、私が決着つけてあげるから。気のせいかもしれないけど、そんな声が聞こえた気がした。

3週間後の水曜日。お見舞いは来なくていいと強く言われていたので、やっと良子ちゃんに会える。そう思って喜びながら学校へ行ったけど、良子ちゃん休みだった。担任の先生は、何も連絡が入ってないが、病み上がりだからなっと気にしていないようだった。確かにそうかもしれないが、なぜか少し引っかかった。だから僕は家に帰って良子ちゃんの家に電話したけど、誰も出なかった。どこかへ出かけているんだろうか。何度かけても出なかったので僕は諦めた。良子ちゃんの家とは学区の端っこ同士だから、とても遠いし、夜中に用もないのに行くのは不自然だろうと思い、行くことができなかった。大丈夫さ、明日になったらあの笑顔を見ることができる。そう言い聞かせて僕は眠りについた。翌日、僕は良子ちゃんの眩しい笑顔を見ることができた。いつものような何事もなかったかのように笑うあの笑顔を。ただ、いつもと違っていたのは、それが新聞の紙面に載った笑顔だったっていうことだけだった。

良子ちゃんは死んでいた。学校の裏山でバラバラにされて死んでいた。骨の関節毎にバラバラなんて手ぬるいものじゃなく完膚なきまでにバラバラにされていた。そのせいか体の一部が見つからない程にバラバラに。新聞を読みながらこれは嘘だ、間違いだ、と震える体を落ち着かせようとしていた僕の耳に、聞き慣れたニュースキャスターの声が聞こえた。遠い世界の存在であるニュースキャスターは、近い世界の存在である良子ちゃんの名前を読み上げていた。見たことのある学校、見たことのある裏山、見たことのある…良子ちゃん笑顔。いつもと同じく他人事のように映されるそれを見て、どうしようもなく現実感のないこれは現実なんだと認めてしまった僕は、そこで気を失った。

続く?

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