2007-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20070706221639

ボク的考察をいい加減にもう少ししよう。

欧米の場合は俺に迷惑かけるなよ型で文化が発展してきたが、(これは俺に迷惑掛けろよの寛容の美意識、お互い様だろの個人が個々で持つ価値観)

日本の場合は周りに迷惑掛けるなよ型で文化が発展してきた。(これは周りに迷惑掛けるなよの不寛容&さらに第三者を加える事で思いやりの美意識、ある意味自分をだしにしない逃避型なのかもしれない。主張が弱い日本人の性格にはマッチしているといえる。また迷惑行為を行なう者自身への恥ずかしくないのか、やめなさいという物さえ含む、社会全体で持たれることによって効力が現れる規範的価値観)

そこから欧米が何故寛容に見えるかというと、欧米人の美意識文化は俺に迷惑掛けるなよでは発展しない、前述と矛盾するが、美意識が発展するために必要なのは俺に迷惑掛けろよなのである。

美意識とは強制の美学で個人が持つことで美しい、故に、美意識として俺に迷惑掛けろよという自己に対する強制をすることによって、寛容な俺は美しい、というようになり欧米の文化・意識は発展・形成されたと言えるのではないだろうか。

日本が全体で美意識を共有・強制する文化なのに対し、欧米は個人で美意識を実践する文化なのである。

そのような違いが出た理由は、人種の違いなど島国日本とは違う様々な理由があると考えられるのである。

おそらく欧米でははじめ多くの人に共有される価値観がなかった、それは移住者たちが多かったから、しかし現在の欧米(少なくともアメリカ)では統一・共有されている一つの価値観がある。

それが俺に迷惑掛けろよ型の文化、自由なのであるが、共有される価値観が出来た経緯は対比で示してきた日本のそれと逆の個人から全体への流れを持って普及したといえるのではないだろうか。

記事への反応 -
  • 迷惑を掛けちゃいけないという気質は他人の場合に特に反映されるのであって、身内の場合はむしろ「甘え」が出る。 そして他人の場合に迷惑を掛けないというのは「恥」の文化である...

    • ボク的考察をいい加減にもう少ししよう。 欧米の場合は俺に迷惑かけるなよ型で文化が発展してきたが、 日本の場合は周りに迷惑掛けるなよ型で文化が発展してきた。 そこから欧米が...

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