言ってる事は何となくわかるけど、「つまらない日常に耐えられる」というのは生物としての長所かもしれない。「これをやりたくてやりたくて仕方がない」とか「これが死ぬほど好きだ」とか、そういった感情を持たなくても淡々となにごとかをこなしていけるわけだから。上から降ってきた作業をこなして、当たり前のように残業することで、一応何かしらの形で誰かに貢献するわけだから。。。。
例えば、とてもマイノリティな趣味に没頭していたとする。そこで、「こんな面白いことを知らないなんて、世間は人生損してるぜ」と考えるか、「こんな珍妙な刺激を定期的に得ないと生きられない自分は、人生無駄が多いぜ」と考えるか? 私は10代の頃なら前者の考え一色だったと思うけど、最近はほんのわずかに後者の考え方が頭をもたげてきている。
その仕事が自分に向いているかどうかっていうときに、作業のタイプに関する適性がまずあって、例えば「人によく会う作業」とか「一人でコツコツやる作業」とかそれぞれに適性がある...
言ってる事は何となくわかるけど、「つまらない日常に耐えられる」というのは生物としての長所かもしれない。「これをやりたくてやりたくて仕方がない」とか「これが死ぬほど好きだ...
元記事を書いたものです。反応有難うございます。 言ってる事は何となくわかるけど、「つまらない日常に耐えられる」というのは生物としての長所かもしれない。 そうなのかもしれ...
グダグダ言う前に手を動かすッッ!
http://anond.hatelabo.jp/20070507191225 認められると嬉しい。認められないと悲しい。やっぱ自分の考えや努力を人にわかってもらえるかどうかで、やる気は決まるだろうと思う。 でも。「誰にも...
むしろ、わかってない奴に適当に褒められると余計萎える。人間は単純だとか言ってる何様な非技術系とか。
人を褒めるにも資格があるって感じることは確かにあるな。 自分がしっかりやれてないのに、できないところを補ってくれた人を褒める気にはなれない。ただただ感謝。 自分も自分の務...
褒める人間の中にも、馬鹿はいるんだから、そのへんを察して、適当に流すぐらいのことが出来ないのは問題でしょ。 だってさ、褒めの言葉を全てを鵜呑みにしちゃ、良いものは出来な...