それは確かにそうかもしれない。
社会科学って一種の「お払い」みたいなところがあって、「面倒くさくて良く判らないことを偉い先生が説明してくれる」っていうだけで問題が半ば解決したような気がする、その安心を得るのが大事なのかも。
役に立たないばかりか眉唾物の理屈が幅を利かせてるのが現状だよね。
でも社会科学ってまだ日の浅い学問だから、若い学者が台頭しやすいし、マスコミ受けも良い。
本来そんなにチヤホヤされるようなモンではないと思うけど、実際には無駄以外の何者でもなかった錬金術も現代化学の基礎になったりしたわけだし将来的に何に化けるか判らない。学問ってそういうもんじゃない?
文系というより、社会科学系に思う不思議かもしれない。 何が正しいって証明出来なくて、その時点でもっともらしく聞こえる方に軍配が上がる、つまり、よりもっともらしく聞こえる...
それは確かにそうかもしれない。 社会科学って一種の「お払い」みたいなところがあって、「面倒くさくて良く判らないことを偉い先生が説明してくれる」っていうだけで問題が半ば解...
思考停止のための言い訳供給ツール=社会科学の存在意義
思考停止できる/したい人にとっては地獄 思考停止できない/したくない人にとっては天国…とは言えない http://anond.hatelabo.jp/20070422170204
自然科学の分野だって、 天動説から地動説へ、ニュートン力学から相対性理論へ、 何度もあり得ないほどの方向転換を迫られてる。程度問題だと思う。 ただ、自然科学ではどんどん研...
転換の有無が問題じゃなくて、転換の判断基準が「もっともらしく聞こえる」ことにしかないことに対する疑問が主題ですよ。あと、相対性理論はニュートン力学を否定してないよ(ニュ...