2007-02-25

私の本当の功績

私は幸いだった。優しい家族の元に生まれ、好きなことを職業にでき、愛する妻と結婚し、そして偉大と呼ばれる功績を残すことができた。本当に素晴らしい人生だった。しかし、一つだけ心残りがある。それは妻のことだ。妻は離婚歴があり、夜の仕事をしていた。それを理由に妻のことを悪く言う人間がいる。偉大な功績を残した私には相応しくないと。それが唯一の失敗だったと。妻は気にしていないと言ってくれている。だが、やはり時より辛そうな顔を覗くことができる。そんな妻を思うと、私はを言わずにはいられないのだ。本当のことを。妻の偉大さを。私の本当の功績のことを。

人々は、私が妻を、離婚歴のある、夜の仕事をしていた妻と結婚したことが、偉大な功績を残した私には相応しくない、唯一の失敗だったと言う。しかし、本当に偉大な功績を残したのは妻だったとしたら?私は数式に置き換えただけだとしたら?彼らはどのように言うだろうか。

確かに妻は教育は受けていなかったが、抜群の知性を持っていた。人々が何を考え、望んでいるのかを瞬時に理解し、それを与えた。だから、夜の世界でもすぐに頂点に上り詰めることができたのだろう。それは対人関係以外でも明らかだった。彼女の発言は常にスマートだった。彼女に何かを聞くと、的を射た、意図を見越した、シンプルな回答が返ってきた。どんな複雑で煩雑な問題でも、彼女に聞くとシンプルスマートな形式になって返ってくるのだ。そして、それはどんな難問でもだった。それを彼女が理解できる日常言語に落としこめさえすれば、彼女は当たり前のことのように即答できた。多くの学者が頭を悩ませ続けた問題にもだ。

ある日私は、彼女と昼食後の穏やかな時間を過ごしているときに、今私が、そして世界の研究者達が、研究している分野について、日常言語に落とし込んで話していた。何かを期待してなかったわけでもないが、何かを期待していたわけでもなかった。さしもの彼女も無理だろうと思っていたからだ。だから、ヒントになることでも聞ければ幸運と、私は軽い気持ちで話していた。私が話し終えると、紅茶にお湯を注いでいた彼女は首を傾げ、「うーん?」と少し考えている様子だった。彼女が考えるのは珍しい。というより、私は初めて見た。それ程彼女は頭の回転が速かったから。

そして紅茶の葉が開き、淹れ終わると、彼女は考えるのをやめて、カップの準備をし始めた。やはり彼女にもわからないことはあるのだなと、そんな当たり前のことを今更思っている自分に気づき、おかしくて笑っていると、カップとティーポットを持ってきた彼女が、私の前にカップを置き、紅茶を注ぎながら「砂糖はいくつ?」とでも聞くように気軽さで言った。「ねえ、さっきの話だけど―――」

それが私が残したとされる偉大な功績だ。私は彼女の言うことを数式に置き換え、証明し、発表しただけなのだから、本当に偉大な功績を残したのは、誰かだなんて言うまでもないだろう。ただ、これからは一つだけ訂正して頂きたい。私が妻と結婚したことは唯一の成功だったと。それが私の本当の功績なんだから。

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