2009-04-29

改造

例えばAというものを発明して流行させた結果、副作用として甚大な被害Bが出た。

人々はここでAを遠ざけ、憎み、消滅させようとするのであるが、

ある人々は「Bという副作用を持たないA」というものをなんとか作れないか?

と考える。それは無益なことではないのだ。

ところがこのことは理解されない。人々にとって被害BはAを永久に憎むのに充分すぎる。

だからAが改造されるという可能性を徹底的に否定する。そんなものが作れるわけがないと。

仮に改造がが成功する可能性を認めたとしてもAを否定するだろう。それがある世界は嫌な世界だと。

これは人間の基本的な思考パターンなのだろうとも思う。

子供の時何かを食べて、たまたまその直後に苦しい風邪をひいたりしたら、その次からなぜかその食べ物を食べられなくなることがある。

これは動物的な本能で毒の可能性を避けているのかも知れない。

直接毒である場合も同様だ。貝を食べたら、たまたま傷んでいたらしく、当たってしまい、高熱嘔吐ゲリに悩まされたとする。

すると次からその貝を食べられなくなってしまうことがある。新鮮であることが明らかであれば大丈夫なはずなのに、それでも食べられない。

人間の思考はこういう形なのだろう。

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