俺たちは五代にはなれないし、どうしても俺のずれなのかそれともめぞん一刻のずれなのか、違和感を感じるところがある。
本当に響子さんと性的に同じステージにあがったかというと、それは違うってことだ。
だって、響子さんは明らかな好意を持って前の夫に接しているのだ。望んでセックスしたのだ。
五代は「あなたの思い出まで愛します」って言ったけど。
俺は音無さんに好意は抱かないだろうし、付き合うならあの委員長だろう。
と、思うけど、それでも物語として本当に素晴らしかった。
英語なのにこんなにぼろぼろくるとは思えなかった。
だから、めぞん一刻を読んで考えが変わる処女厨がいるかもしれない。
でも、俺は変わらなかったけど。
なんで敢えて英語で読むんだよ! 俺に対する嫌味か!
まぁ、本当はやってないんだけど。 http://april1st.niu.ne.jp/column/kakyuusei2_srom.html そもそもかんなぎとか読んでも観てもいない。 処女厨が「マンガの登場人物を叩いてるだけ」なのに 肉便器...
あれは一種のアンチテーゼだよね もしくは本気で受け入れられると思って作ったか どっちにせよバカだけど