2008-06-18

楽しむ能力は最高の生きるエネルギー

http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/64


「楽しむ」能力

医局の人達と、ご飯を食べに行ったりする。同じお金を支払って、同じもの食べて、条件を一緒にしても、感覚する「おいしさ」みたいなものは、やっぱりその人が持つ「能力」に応じて、ずいぶん異なるような気がする。

上手な人は、楽しむことが本当に上手。いい料理屋を知っているとか、いいワインが選べるとかそういうのではなくて、どこに行っても何だか気負わない、場を楽しむのが上手な人。それができる人が一人いると、みんなでご飯を食べてもおいしくて、まわりもまた楽しめる。

「できない」人ばっかりだと、どんなに高級なところで外食しても、何だかみんな見栄張って、料理見ないで仕事の話し始めたりして、ご飯がもったいない。「見られる自分」みたいな、余計なことばっかりに意識が行って、何だか楽しめない。自分も含めた「できない」連中は、きっとみんなそのこと分かってるんだけれど、楽しみかたが分からなくて、楽しもうとするんだけれど、やっぱり「楽しめる」人が一緒でないと、楽しめない。


楽しむ能力はあると思う。経験上、そう思う。

同じことをしても、楽しむ能力が高いと、満足度が違う。残るものが違う。明日に繋がる力の大きさが違う。

楽しめる時間が多いということは、すなわち日々蓄えられるエネルギーの量が多いということ。

だから、苦しいことにも立ち向かえる。多少の困難など、まるで存在しないかのようにすり抜ける。

そして、その困難の中でも、また結果を得ることが出来、さらにエネルギーを蓄えられることになる。

楽しむ能力が高い=最高の好循環であり、最強の生きるエネルギーではないか。

  • 楽しむ能力が高い人=リア充 なのかもしれないね。 でもどうやったら楽しむ能力を身につけられるの?教えて!アノニーマスダ! http://anond.hatelabo.jp/20080618095020

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん