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はてなキーワード: ワインとは

2012-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20120118204712

最近ワイン日本酒はかなり味分かるようになってきた(好みの味を説明できるようになってきた程度)けど、ウィスキーはまだ分からんなあ。

たまに飲みたくなるけど、今は金払って酒飲むならワイン日本酒飲みたいと思っちゃうのでそもそもあんまり飲んでない。

2011-11-26

お節介参上

クリスマスというのはクリスマスだけで成り立っているのではなくて

アドベント(待降節)というものがあって、それが4週続くのですよ。

文化祭の準備に似てる、というのも正解。

アドベントクリスマス準備期間だからドイツとか行くと普通の家庭が本物の木を取り寄せて飾りつけとかやってる…

詳しくは教会暦について調べてみてね☆

アドベントカレンダーでググってみるとカウントダウンカレンダーになってるおもちゃが出てきますよ。



と大真面目にレスしてしまいましたが、別に商売に乗るだけが楽しいことでもないですよ。

社会見学的な意味で楽しめるプランを書いてみます

キリスト教がお嫌いでなければ近所の伝統教派

(派手さで言えばカトリック行くとビジュアル的に楽しいかもね)の教会に遊びに行けば

似たような人がいっぱいいます…暇してるからって近所の人もけっこう来てます

ウチの近所だと場所柄なのか、観光で来てる人もいる。礼拝中の写真は勘弁です

あ、礼拝中にワインクッキーorウエハースが出てくるかもだけど洗礼受けてなければ頂くべきでないので

順番が回ってきたら、軽くお辞儀すればいいよ!何も言わなくてもすぐわかってくれるから



と言いながら私はプロテスタントなんですけどね。

礼拝後にパーティあるし、お暇ならそのまま参加してみても。

パーティに参加するなら、献金は参加料程度の金額を出せばお互い気分悪くならんでしょう。

あと、面白いのが…世間話ができる(笑)。色んな人がいるから、本当に「社会見学」になる。

そういえば…礼拝堂は基本広いか暖房効きづらいし、行くならぜひ温かい格好してください。

この時期一人で風邪ひくとすごく寂しいしなんか今年は怖いウイルスも出てるし、マスクして行ってもいいかも。



では、お節介おばさんでした。

2011-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20111116161038

えーと、たとえば94年に「10年に1度の出来」だとした場合、それは直近10年で捉えるかどうかで変わるよね。

で、とりあえず直近10年だと仮定して、その翌年が「50年に1度の出来」だったとする。

これも直近50年と考えれば、それは昨年の出来よりも良いもの、ということになる。

さて、この2,3年後に「10年に1度の出来」だったとすると、直近10年で考えるのだから、95年の「50年に1度の出来」よりも良い出来だということになる。

何が言いたいかというと、「〇〇年に1度の出来」で触れ込んでいるワインは、その〇〇年が途切れる前に「更新」することで確実にそれ以前よりうまくなっているはずなのだ。要するにバブル

2011-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20111116161038

あんなもん単なるマーケティング文句なんだから適当言ってるだけだって

つじつまが合ったとしても、たまたま合ったというだけ。

裏付けなんてせいぜいどっかのワイン評論家農家かなんかが一人でも「今年は最高」と言えばそれを全面に押し出すだけ。

あるいは適当な奴に金渡して言ってほしいこと言わせてるだけ。

毎年「最高」と言ってる人間が変わるから一貫性なんてあるわけない。

[]2011年11月15日

ハイテンショーーーンッ!!

ハイテンショーーーンッ!!



と、人はどれだけ無意味ハイテンションになれるか試してみた。



ハイテンショーーーンッ!!

バスケットボールをバムバムとドリブルしてみる。



ハイテンショーーーンッ!!

安いワインの白と赤を混ぜて、

グレートムタのようにベランダから毒霧を噴いてみた。



ハイテンショーーーンッ!!

ベランダのフチを歩いてみるよ。通行人がこっちみて驚いていた。



ハイテンショーーーンッ!!

ハイテンショーーーンッ!!

ハイテンショーーーンッ!!

2011-11-06

グラスワイン4杯で酔ってしまうのって

お酒に弱いってことなのかな?

2011-09-27

Googleすげぇな。

Googleすごい。

コンポート」って検索すると、検索結果の左にあるカラム材料の候補がでる。

コンポートなら桃とかアイスワインなんかが出てきて、その材料があるorないで検索レシピの候補が変化する!!

さらにカロリー設定や調理時間も指定できる。

知らんかったぁ。

2011-09-25

p_shirokumaが人格破綻であるつの根拠

  1. 老人に媚びる。尊敬力という年長者を敬う力を提案した。長幼の序とか好きそうだ。
  2. 結婚にこだわる。金がなくて結婚しない人に、相手の良いところを見つける審美眼がないといういいがりをつけてまで結婚させたがる。
  3. 既得権益が大好きである。かれは、医療過疎地医者不足に文句をいうひとは、まずはそういう他人にケチをつける態度から改めるべきと書いていました。
  4. ワインが大好き。とはいえ、金持ち道楽という揶揄されたくないので、1本1500円くらいのワインを漁って、自分だけに分かる「ぼくのかんがえたさいきょうのわいん」を追い求める、求道者っぽいが所詮ワナビーである
  5. 嫁が馬鹿シロクマ結婚するから馬鹿だろう。
  6. はてなダイアリーを5年以上使ってる。それだけなら構わないが、ツイッターや2chをお手軽ツール、自意識だだ漏れツールといちゃもんをつけ続ける。このままではtwitter社に訴訟を起こされても文句言えない。悪質クレーマーだ。
  7. はてなダイアリーを5年以上使っている。それだけで十分罪である

2011-09-24

最強の上司、A部長 後編

前回はオレが若手の頃のA部長やんちゃぶりいや豪快ぶりを紹介した。

だが、このA部長、誰もがその遊びぶりに文句を言えないぐらい、仕事の優秀さは伝説的な人だった。

オレたちの部は、A部長がやってくるまでは、他の部署と比べてけっして利益の額は多くなかった。

部長は就任早々に独自の戦略立案し、徹底的に実行していくことで、わずか3年程度で全社でも稼ぎ頭の部署に育て上げた。

「いいかタケシ仕事大事なのは、徹底的な論理マインドとほんの少しの気合だ」

というのが彼の口癖だった。

当時、イケイケだった日本企業の中で、論理を前面に押し出すのは、かなり異端だった。

今思えば、A部長は当時から、既にアメリカヨーロッパビジネススタイルだった。

オレが米国出張中のある案件の交渉でグチャグチャになってしまい、deal breakの瀬戸際ピンチだったことがある。

今のようにEmailもなく、テレックスでのやりとりが主流だった時代、超高価だった国際電話アメリカから部長にかけて、指示を仰いだ。

オレは要点を要領よく説明し、A部長

「どうすれば良いか?」

と聞いたところ、一言

タケシ、任せた」

と言われてあっさり電話を切られた。


その時は「何と無責任上司だ!」と思ったが、オレはそこから巻き返して、何とか形にすることが出来た。

数年してから、オレは

「あのやり方は、あまり放任すぎじゃないですか?」

とA部長銀座のバーで問い詰めてみた。A部長

「バーで仕事の話をするとは、低俗まりない。5分だけ特別だ」

と前置き(笑)してから口を開いた。


「オマエの国際電話での状況説明を聞いたら、オマエにしては珍しく、論点が全て整理されていた。強気が売りのオマエに足りないのは、逃げない勇気だけだった。獅子が子を崖から落とすじゃないが、オレは上司としてオマエの退路を断ってやったわけだ」

「そうは言っても、もし失敗していたら・・・

商社マンは信頼の上に成り立っている職業だ。その上司のオレが部下を信頼しなくてどうする?That’s allだ。さぁ、仕事の話はここまで」

と言われ、来日している著名なオペラ歌手コンサートの話に戻ったのは今でも鮮明に覚えている。

とにかく豪快なオヤジだったが、自分フィロソフィーを持っていた。


オレが若いころから、彼は常々オレにMBA留学をPUSHしてくれていた。

普通は部署に穴が開くから、なかなかこういう理解をしてくれる上司はいない。

何より

勉強して仕事が出来るなら、苦労はない。あんなのは海外かぶれの奴が行くもの

とMBA自体、怪しいものだと言う風潮もあった。

多くの企業にとって、エース級は社内に温存して留学させず、どちらかと言えば二番手グループで苦労した奴の夏休みのご褒美みたいなものだった。


しかしA部長はなぜかMBAの意義をわかっていた。

きっとヨーロッパを周遊中に、各地で世界中エリート連中と出会う中で、重要性を感じ取ったんだろう。

タケシ、部署のことは心配せず、そろそろ社内の制度を使ってMBAを取って来い。」

「これからの時代は、MBAが国際ビジネスパスポートになる。何より、オマエはまだまだ頭が足りない。英語で死ぬ気でディスカッションして、世界中に仲間を持て」

と言われた。精神力けが取り柄だったオレに、頭脳を鍛えるきっかけを与えてくれた。

「でも、オマエは文化の香りがしないから、ヨーロッパと言うタイプじゃない。アメリカスクールだな。ヨーロッパスクールの推薦状は書いてやらない」

と言われたのは、納得行かないんだけどさ(笑)

それでも、あの一言はいまだにオレの人生を変えた貴重な言葉だよ。


オレがビジネススクールから戻ってしばらくすると(オレは海外特命案件をを担当し、A部長とは違う部署になった)、社内ではA部長が次の人事で役員になるという噂があった。

留学報告も兼ねて、久々にA部長のところに行くと、いきなり

「いくぞ、タケシ

と言われて、銀座の高級寿司屋に連れて行かれた。

MBA留学ますます直球勝負に磨きがかかったオレは、ずばり

「役員の件は本当ですか?」

と聞いてみた。

「相変わらず酒の席上で仕事の話とは低俗な。それも極東の一企業の社内人事の話しなんて、オマエは何をしにアメリカに行っていたんだ?」

とあっさり切られたが、

留学してマネジメントが何か少しはかじっただろ?オレには向いてないよ。晴耕雨読なんだな」

と言って、それからまったく脈略なくフランス歴史やら農業の話を延々と聞かされた。

まったく意味不明だよ(笑)

そうしたらさ、ある日、いきなりA部長早期退職してしまったんだ!

オレは海外に出ていて送別を出来なかったんだが、しばらくすると、オフィスにどこかの海でA部長サメと泳いでいる写真が送られて来た。

一緒に入っていた手紙によると、何でも、その後、フランス暮らしていると言うじゃないか!!!

最初ビックリしたが、あの人らしいと言うかなんと言うか、地中海クルーザーの上で美女を囲んでいるA部長の姿が容易に想像出来て、にやけてしまった。

名誉とか出世に興味を示さず、潔いgoing my wayな男の格好良さを感じたものだ。

あんな豪快なビジネスマンは、もうあの人が最後かもしれないな。


その後、世の中は変わり、コンプライアンスだといろいろと制約条件が増え、会社がどんどん個人を管理し、性悪説にたった人事管理が行われるようになった。

いや会社だけではなく、社会全体が出る杭を容赦なく打ち付けるようになってしまった。

実に生きにくい世の中だ。

部長のことだから、こんな時代になることを見越していたのかもしれないな(きっと、今の時代ならA部長みたいなことをしていたら、仕事が出来ても処分されていただろう・・・)。


しかし、時代がどんなにルール社会や批判社会になっても、制約されすぎた圧迫の人生を送ってはならないと、オレは思う。

社会安全かつ効率的に動かすためのルールであって、そんな手段としてのルールによって不必要に自分を制約しすぎたり、また稚拙な批判に怯える必要はない。


部長生き様を見て欲しい。


部長も、あんな生き様から、敵は多かった。最も本人は、敵だと認識していなかったようだが。

「S部長経営会議でA部長について批判発言をしたみたいですよ」

「K室長が、A部長案件に反対の立場だと噂ですよ」

とかオレが心配して密告しても、子供のような顔をして

「S部長って、いいワインをコレクションしてるんだろ。オレをワイン会に呼んでくれないかな?」

「K室長哲学科出身だけあって、話が深くて勉強になるんだ」

と言う感じだった。敵すらも愛してしまうと言うか、そもそも敵と言う概念が無かったのかもしれない。


言葉は切っても、人格は切らず」とよく言っていたしな。


一方で皆さんはどうだろうか?上司や先輩、客先の顔色ばかり見て、何とか失敗しないようにと、縮こまっていないか

オレはこのブログでも言い続けているが、小さい失敗でくよくよしてないで、他人の目ばっかり気にしてないで、自分勝手に大胆に全力で人生という長いレースにぶつかって良いんだ。

困難も、苦しみも全身でそれを受け止めて立ち向かえば、きっと楽しい人生になる。

から、恐れることなく、自信をもって、人生という壮大なレースにまい進して欲しい。

もう一つA部長を見習うべきところは、自分フィロソフィー哲学)やプリンシプル(主義、信条)を構築するということだ。

MBA的な研修で小手先のフレームワーク技術を学ぶのはほどほどにして、20代半ばぐらいからは、自分の振る舞い、判断の基軸となる哲学信条をしっかりと作り始めるべきだ。

これは短期間でできるものではない。

膨大な量の知識と教養を身に着けて、そして、これまでの出会い経験から、「人はどうあるべきか?」という自分なりの人の理想像を練り上げる大掛かりな行為だ。


哲学歴史文学論理学などさまざまな分野のものをフルに動因して、この機軸は作り上げられる。

もちろん答えなんてないし、生きている間、それらは揺るぐことはなくとも、より深遠なものに円熟し続けるものだ。

部長はずっとオレら若手にこのことの重要性を、夜に飲みながら教えてくれようとしていた。


オレも部下にこういう大胆な生き方自分哲学、主義を持つことを伝え、後世を育てて行くべき歳になってしまった(心は永遠に若手だ!!)。

ただ、これは手取り足取り教えることはできない。A部長とオレがそうだったように、いろいろな人との会話を通じて、つかんで行くしかないんだ。

オレも、こんな豪快な奴が少ない時代だからこそ、若い皆には、何とかオレの生き様を、ブログやTwitterで積極的に伝えてきているつもりだ。

またオレの部署の若手の部下らには、夜の遊び方は十分すぎるほど教えているつもりだ。

でもオレは、A部長と今ならビジネスの手腕なら良い勝負になるかと思うが、いかんせん、芸術文化面がまだまだ弱い(笑)

もっともA部長は、そんな勝負すら眼中にないだろうが。



タケシビジネスなんてほどほどにして、本を読め、音楽を聴け、食を味わえ、旅をしろ。何より今夜も人と出会え」



そんなA部長の声が、真夏の南フランスから聞こえてきそうだ。


http://ameblo.jp/shousha/entry-10969359170.html

最強の上司、A部長 前編

最近多くのメールでどういう上司がいたかということをよく聞かれる。思えば変人が多かったな(笑)

一番印象に残っているのは、俺が25歳から30歳の頃のA部長だ。

最近はだいぶ社内の上下関係カジュアルになって来ているが、当時は若手社員部長と気安く話すなんてなかなか許されない雰囲気だった。

レポートや報告を上げるにしても、逆に何か部長から指示が降りてくるにしても、常に自分の直属の主任課長次長、そして部長と言う階層を通じて行われる、明確な序列があった。

しかしA部長は違った。いつも

「おい、タケシ!ちょっと来い」

と言ってオレを部長席に呼び出したり、向こうからオレの席にふらりとやってきたりして、オレをかわいがってくれた。

また若僧のオレにも

「オマエがオレなら、どうする?」

と忌憚ない意見を求めてくれた。

部長は当時、今のオレと同じくらいの歳だったと思うが、体型はスリムで、どんなに暑くてもスーツをきれいに着こなし、精悍な顔つきだった。今で言えば、かなりのイケメンで(当時、まだイケメンなんて言葉はかったが)、社内の女性らの中でも評判だった。

今の時代なら、GQやLEONとかの雑誌に出ていても不思議ではない、チョイ悪なオヤジだった。

すごいのは、このルックス以上にキャラクターが深くて濃いんだ。

哲学文学芸術ワインをこよなく愛し、食事に行けば、シェリーからまり赤ワインをたしなみながら、高級そうな葉巻を片手に、平気な顔をしてサルトル実存主義について語る。

そんな知的好奇心教養にあふれる人だった。

ヨーロッパ的な気品があって、高貴と自由があいまった雰囲気をこよなく愛する人だった。

でもさ、何かと理由をつけてすぐヨーロッパ出張してしまうんだ(俺も同行させられることが多かった)。

そして仕事がひと段落すると

タケシ、先に日本に帰ってろ」

と言って、自分は2週間くらいヨーロッパを周遊するんだから、困ったもんだよ(笑)

もちろん、本人は「視察」だって言い張ってたけどな。

電子メール携帯電話なんてない時代だったから、A部長ヨーロッパ周遊で不在の間、A部長に指示をあおぐのは大変だった。オレら若手は、A部長が泊まりそうなホテルに、片っ端から電話させられたもんだ(笑)


部長の緊急決裁が必要になり、どうしてもつかまらないA部長を探して部署メンバー総出で、居場所を突き止めるべくフランスのToulouse中のホテル電話をしたこともあった(前々からToulouseでフォアグラ白ワインを飲むのがいいと言っていたので)。

しかし、結局、どのホテル電話してもまったく見つからない。本当は権限規定違反なのだが、最後次長が代理決裁して何とかした。

それから数日すると、真っ黒に日焼けしたA部長会社に現れて、「地中海の島で彼女エンジョイしていた」とのことだった。オレたちは日本であわてまくっていたのにさ(笑)。あの時はあきれてものが言えなかったな。

こんなA部長破天荒ぶりを書くと、ただの遊び人趣味人しか見えないかもしれない。

しかし、仕事はすさまじくでき、社内だけでなく取引先や競合企業からも敬意を集めていた。

当時は、朝から晩まで働くようなモーレツ商社マンがもてはやされていた。しかし、ヨーロッパ人を自称するA部長は、そういう連中を「バリュレスな社蓄」と呼び軽蔑していた。

若手社員残業していると、

「今すぐ資料をしまえ」

と言って、ことあるごとにオレら若手を食事に誘い出した(その後、会社に帰って仕事しなきゃいけないから、ますますモーレツ社員をやらざるを得ないんだけどさ・・・)。

食事の席では、普通なら社内政治や昔の武勇伝を聞かせる上司が多い中、A部長の口から会社仕事の話しが出ることはなかった。

文学論、芸術論、音楽論、人生観までをゆっくりと語ってくれた。ウィスキーの飲み方、酒の種類、ワインテロワールホステスへの接し方、葉巻の吸い方など今の遊びの基礎はすべてA部長に教わった(笑)

九州田舎からニセ慶應ボーイになってバブル期調子に乗りまくっていたオレは、「こんな洗練された人がいるのか」と憧れだったものだよ。

おっと、A部長仕事ぶりを書くつもりが、ついつい遊び話になってしまった。

だが、この記事を書いていたら、オレもBourgogneワインを飲みたくなって来た(笑)

部長仕事人としての顔は次回に譲ろう。

続く

http://ameblo.jp/shousha/entry-10969332499.html

2011-09-21

親父とワインの好みが合った件

障害を持って生まれ、父母からの愛を得られなかった親父。

ひとり自転車で旅に出るという少年時代をすごした親父。



なんとか嫁を見つけた親父。

嫁に子供を産ませることに成功した親父。

結婚当初は実家に同居していたのだが、嫁いびりの耐えない姑や舅達から逃亡するように安アパートに一家三人で引っ越すことを決断させられた親父。

子供が増え、3人目を産むときに、経済事情実家へ戻らざるを得ないという逃げを打った親父。



親父の元嫁いわく、妊娠中の腹を蹴って流産に至らしめた。

4人目が生まれたのは人生設計<性欲の結果。



結局、実家に帰ってから嫁との折り合いが悪くなり、一ヶ月は家をあけることもしばしばだった親父。

酔うと包丁を振り回していた親父。



当時小学生だった俺と行った旅行先で、若い女をナンパし夜の街に消えていった親父。

中学時代、家事を放棄した嫁のかわりに毎日弁当を作ってくれた親父。

ただし、その弁当は他人に見せれた代物ではなく俺は人前で弁当を食うのが堪らなくトラウマになった。

はいえ、親父の嫁の作る弁当も同じレベルだったため、そのトラウマは親父だけのせいではない。



結局、成人した俺の勧めと後見で離婚成功した親父。

離婚後も、別れた嫁からいやがらせ職場への数分おきの迷惑電話や怒鳴り込みにもめげずに定年まで勤めた親父。



そんな親父がワイン蔵を見学に行き、さんざん試飲した挙句選んだ3本のワイン

一本は俺。白ワイン。あとの赤ワインと濁りワインは妹達の下へ行ったのだろう。



そんなワインが、ほのかに甘くてフルーティで非常に飲みやすい。



さすが、美味しんぼをわけのわからない法則で仕入れてきては、読んでいただけのことはあるのか無関係なのか。



そんな、親父のワインと俺。



2011-09-20 記

2011-08-16

イギリス暴動の裏にある鬱屈絶望について

ロンドンその他都市のあの「愚者の祭りから1週間が過ぎて、あの月曜日事情が少しずつ分かってきた。5年以上ロンドンに住んでいる者としてあれこれ考えることも多かったし、諸事情で「暴徒」のおかれた環境について少し知る機会もあったので、少し書いておきたい。

あの日起こったことは何だったのか

これについては、無軌道若者暴走と言うことで概ねコンセンサスは取れているように思う。以下のtogetterは現状ロンドンで理解されていることに近い。

http://togetter.com/li/172491



警察が、最初暴動抑制に失敗したことで、「今なら何をやっても大丈夫」という無礼講的なお祭り騒ぎが一挙に拡大したと言うことなのだろう。周囲の興奮と燃えさかる炎に当てられて、「乗るしかない、このビックウェーブに!」とばかりに舞い上がってしまった子供が相当数いたであろう事は間違いない。(ロンドン逮捕された暴徒の5割以上は18歳未満であるというニュースが出ている。)



もちろん、子供暴走がここまで大事になってしまったのは異常事態であり、その裏側に社会的問題があると考えるのは当然だ。ただし、今回のように、当事者すら争乱の理由が分からないという状況は、「ぼくの考える社会の欠陥」的な牽強付会の自説を宣伝する絶好の機会だ。実際、イギリス社会事情も知らず、勉強した形跡も全く読み取れないのに、適当なことを言って悦に入る類の人をTogetterで何人か見かけた(以下に一例)。このエントリーを書こうと思ったのは、その手の単純で非現実的な観念論ではなく、地に足のついた議論の土台を提供したいとおもったからだ。

http://togetter.com/li/173402



あの暴徒達は何者なのか

http://www.guardian.co.uk/uk/2011/aug/09/london-riots-who-took-part

報道から明らかになっているのは、暴徒の大半が未成年であること、特定のエスニックグループが暴徒になったわけではないこと、そして多くがロンドンでも貧しいとされる地域の住人であること。加えてもう一つ言えるのは、彼らの多くがカウンシルフラットと呼ばれる、低所得者向けの公営住宅に住んでいると言うことだ。このカウンシルフラットというのは、イギリス貧困を語る上では非常に重要な点なので、少し説明をしておきたい。



イギリスにはホームレスが少ない。ロンドンを歩いていると分かるが、駅の構内で段ボールを敷いて寝ている人が殆どいない。公園段ボールハウスの村が出来ているということもない。どうやらロンドン全体で野宿人の数は500人に届かないようだ。イギリス全体でも1000人未満のようで、2万5000人のドイツと比べると圧倒的に少ない。



何故かというと、イギリスにはあちこちにカウンシルフラットと呼ばれる公営住宅があり、イギリス国籍さえあれば、家賃を払えない低所得者は優先的に居住が認められるからだ。このカウンシルフラットがどのくらいあるのかは自分には分からないが、イギリス中そこかしこにあると思ってもらって間違いない。下の地図は今回暴動の起きたHackneyのものだが、住宅の実に5割がカウンシルフラットとなっている。

http://www.map.hackney.gov.uk/gisMapGallery/Maps/Tom%20Duane%20Maps/Borough%20Profile%20maps/Social%20Housing.pdf



カウンシルフラット家賃は圧倒的に低く、ばらつきはあるもの相場の5分の1程度。それすら払えない人には更に住宅手当が下りる。光熱費やTV受信料も実質タダだ。そして、当然家があるだけでは餓死してしまうので、これとは別にpersonal allowanceと呼ばれる生活手当が出る(最近制度改革があったので名前などが若干違うかもしれないが、大枠は同じ)。25歳未満の単身で週に50ポンド。25歳以上なら60ポンド外食さえしなければ十分食費と携帯代をまかなえる金額だ(円高の今だと8000円弱に相当)。イギリス国民には、食べるに困るレベルでの貧困は(概ね)存在しない。



ただし、これだけ「おいしい」カウンシルフラットは、当然人気も高い。ウェイティングリストの人数は500万人に達しており、それなりに困窮していないとフラットは手に入らない。下の掲示板では親とカウンシルフラットに同居している30歳女性が、一人で住めるカウンシルフラットを探しているのだが、「今現在無宿とかでないと難しい」と返答されている。

http://boards.gumtree.com/viewtopic.php?t=215432&p=2686792



ここで、イギリス人なら誰でも知っているトリックがある。子供がいて、しかも親がシングルマザーだと、フラットが優先的に廻ってくるのだ。こうなると、親から独立したい、しかし職がない子供にとって、手っ取り早い手段は妊娠と言うことになる。かくして、イギリス先進国でも突出して10代の母親が多い国になった。しかも、子供が生まれると一人当たり週に1220ポンドのChild benefitが支給される。また、シングルマザーだと上の生活手当も週に40ポンド前後は増額される。このため、パートナーがいても敢えて結婚せず、シングルマザーになる母親が多い(当然の結果として、その後別れて本当のシングルマザーになる確率は高まる)。母親ひとりに子供一人で月500ポンド(約7万円)あれば、正直生活には困らない。



はいえ、貯金は難しい。それに、貯金額が6000ポンドを超えてしまうと支給額が減額されてしまうので、そもそも貯金する理由がないのだが。ちょっと大きなTVを買おうとすれば、夜遊びを楽しみたければ、その分働くしかない。問題なのは子供だ。託児所に預けたいところだが、ロンドン託児所は1ヶ月フルタイム1000ポンド。平均所得ですら厳しいこの金額を彼らが払えるわけはない。その結果、子供は無人の家に置き去りでTVを見るかゲームをするかと言うことになる。言葉を学ぶには最低の環境だ。



その結果起こったのが、子供識字率の低下。移民だけでなく、ネイティブ識字率が低下している。2007年政府が行った大規模な調査によると、小学1年生の6分の1が自分名前mom, catといった3文字の簡単な単語を書くことが出来ない。当然、こういう子供小学校カリキュラムに着いていくことは難しい。その結果、無視できない数の中学生数字は忘れた)が、「数学試験問題の英語が理解できない」ために零点をとる、という現象が起きてしまった。こんな状況では学校に行くのは苦痛しかない。カウンシルフラットの周りでは、昼間から特に何をするでもなくぼーっと座っている子供達をよく見かける。



この様な子供が成人して職に就くのは、非常に難しい。肉体労働系なら大丈夫だろうが、ポーランドからの出稼ぎ労働者の方が高いスキルと低い給料で働いている。それよりも低い賃金では、生活保障の支給額を下回ってしまうので、働く意味がない。こうして、カウンシルフラットで生まれた子供は、またカウンシルフラット自分子供を産むことになる。ちなみに、失業手当の受給者数は約150万人。人口が倍の日本では80万人だ(失業率は8%弱)。別制度のincapacity benefit(病気などで働けない人のためのもの)の受給者は250万人(人口の5%弱)を超えている。



結果、親子3代、殆ど働きもせずカウンシルフラットに住み続けている、という話は、もはやイギリスでは珍しいものではなくなっている。このような状況で子供未来希望を見いだせないのは当然のことだ。少なくとも彼らには、サッカーの才能に恵まれてプレミアリーグに行くくらいしか、この生活を抜け出る手段がないように見えるのではないか。これでは、リオデジャネイロの山肌に広がるスラム子供サッカー以外の未来がないのと大して変わらない(実際には、カウンシルフラット生まれでも頑張って勉強して、奨学金博士号まで取る人もいる。そのための制度組織もある。ブラジルスラムに比べれば、カウンシルフラット子供達は圧倒的に恵まれているという点は強調しておきたい)。このような状況で鬱屈しないでいられるのは、よほど心の強い人間だけだろう。



今回暴動ワイン1本を盗んで歓声をあげ、昨日裁判所で有罪を宣告された子供達は、多くがこういう鬱屈と共に生きているのだと思う。



イギリス人はどう思っているか

カウンシルフラット子供達が鬱屈しているならば、イギリス納税者達は絶望している。イギリス税金は高い。年収550万円以下なら所得税20%、それ以上なら40%(しかも、社会保障関連の支出所得税収総額を上回っている。なにしろ、上に書いたincapacity benefitだけで1兆5千億円かかっていたのだから)。消費税20%。それ以外に地方税も取られるし、国民保険料も安くはない。通勤交通費は自腹が原則だし、会社住宅補助を出してくれると言うこともあまりない。そういう辛い家計をやりくりしながら、やたら高い家賃を払って暮らしている家のすぐ隣で、無職の人が昼間からぷらぷらしていたりするわけだ(カウンシルフラットは本当にあちこちにあるので)。



それでも、ブレア政権を取った1997年以降、イギリス人低所得層との格差を縮めるために税金を投入する政策を支持してきた。小学校低学年は30人学級となり、小学校入学前に児童学力を底上げするためのプログラム(SSLP)にも1000億円の予算が付き、補習授業は大きく拡充され、挙句には、高校をドロップアウトする生徒を減らすために、出席率が高い貧困家庭の生徒に補助金まで出した。職歴のないシングルマザーにはコンサルティングから面接の訓練まで提供している(一人当たりのコスト10万円)。



にも関わらず、今回の暴動だ。これを「先進国とは思えない、途上国光景のようだ」と思った人はイギリスにも少なくない。ブレア政権教育改革スタートしたのは99年前後から、今回の暴徒の大半は改革された教育制度の下で育ってきた子供である。これだけの負担をしていながら、なぜ途上国スラムのような光景を見なければならないのか。これに絶望せずにいられるのは、やはりよほど心の強い人間だけだろう。



これから何が起こるのか

(1) 警察力の強化。これは言うまでもない。秩序を失えば人間は(誰であれ)動物になりうると言うことを、今回の暴動証明した。ならば、秩序の維持は至上命題だ。先週キャメロンがアドバイサーに招聘したビル・ブラットンはニューヨークで例の「割れ窓理論」の実行部隊を指揮した人であり、警察官の最適配置システム第一人者でもある。締め付けは厳しくならざるを得ない。

もしこの手の暴動放置すれば、被害者は自警団を組織する。彼らは武装し、いがみ合い、それが新たな暴動の引き金になる。そうなる前にキャメロンには何とか手を売ってもらいたいと思う。もしかしたらもう手遅れなのかも知れないが。



(2) 社会保障制度の見直し。これは実のところ暴動から進行している。上で書いたincapacity benefitだが、悪用して海外旅行まで楽しむ輩が多く出た上、一度受給者になると死ぬまでもらえるので、就労意欲がゼロになる。以前から批判が絶えず、キャメロン政権は廃止を決めた(別制度代替)。ただし、これらの社会保障の削減が暴動の理由ではないというのはマスコミでも一致した見解だ(まだ削減は殆ど始まっていない上、暴徒の大半は親元で暮らしているのでそもそも受給していない)。

上でも書いてきたように、手厚い社会保障制度それ自体が受給者と、その子供や孫の未来までをも奪ってきたという側面がある。そして、この制度格差の縮小どころか、治安維持という最低限の目的すら達成できなかった。何より、イギリス経済はこれ以上の負担にはもはや耐えられない。ならば、社会保障は削減しつつ、彼らに可能な限り働いてもらうしかない。Benefit Busters (興味のある人はyoutube検索すると良い)などを見ているとなかなかに大変そうではあるが、もう選択肢がないのである



(3) 納税者復讐今日キャメロン首相まで”social fightback”と言う言葉を使っていて驚いた。具体的には、暴動に参加した子供がいる家庭に対する社会保障給付の停止。カウンシルフラットからも追い出す。少なくとも感情的には、そして理屈の上でも、そうすべき理由はたくさんある。それが更なる悪循環を招くとしても、あそこまでやられてしまっては納税者の側も収まらない(ちなみに、オックスフォードケンブリッジ卒のエリートはこの手の復讐にはあまり賛同しない。彼らはびっくりするほど穏健だ。怒っているのはむしろ小商店の店主のようないわゆる中産階級に多いような気がする)。鬱屈した子供の暴発を「社会の歪み」を理由に肯定する人は、絶望した納税者復讐も肯定せねば片手落ちであろうと思う。



最後に、下のtogetterで見つけた以下のコメントについて。

火がつけば爆発するしかないほどの不満を溜め、失うものが何もない奴らがこれだけの数居るんだよ。社会がそれを生んだ。(中略)問題は目の前にそのままの姿である。こいつらのYouTubeを見ろ。音楽を聴け。睨みつけてくる視線自分をさらせ。

http://togetter.com/li/172301


この人の書いたラップの話は、今まで全く知らなかった分野な事もあって新鮮で、興味深く読んだが、このコメントには一言申し上げたい。無茶言うな。暴動明けの火曜日の朝にCamden Townの駅で暴徒の一人とばったり顔を合わせたが、彼の睨み付ける視線にどう応えろと言うのか。プラットフォームのあちこちにどかどか蹴りを入れながら、肩で風を切って周囲にガンをたれながら練り歩いていったが、一個人として彼を見れば、まだ自分抑制できないただの子供であり、仮にポケットの中に盗品が入っていれば犯罪者に過ぎない。彼らをひとりの人間として直視するなら、そういう扱いにならざるを得ない。復讐の対象にならざるを得ない。むしろ、彼らを一個人ではなく社会現象の一部として扱った方が、まだ冷静な判断は下しやすくなるのではないかと思う。

2011-07-21

Sランは半端ない

S ネットゲーム アダルトゲーム 同人誌 フィギュア SF 三国志 軍事 声優 風俗 オカルト

A アイドル アニメ サバイバルゲーム アマチュア無線 鉄道 競馬 切手 腕時計 パチ○コ

B 漫画 バイク カメラ ライトノベル 特撮 民族学 自作PC 女子アナウンサー 麻雀 オーディオ機器

C 携帯電話 ラーメン 深夜ラジオ 映画 サブカル 自動車 ファッション テレビドラマ 熱帯魚 釣り

D ビリヤード ワイン 自転車 ダーツ テニス サーフィン ギター 純文学 クラシック音楽 アウトドア


私女だけど、Bまでなら許す

それより上はさすがに…


2ちゃんのどっかで見かけた男の趣味ランクテンプレだが、このうちどうしても理解できなかったのが、

ネトゲがSランクだったこと。


でも実際ネトゲをやってみて、Sランクものすごく妥当だと思った。

正確にはネトゲ廃人に対する評価として妥当という感じ。

というか男の趣味に貴賎をつけるとしたら、あいつらはエロゲオタを差し置いて

間違いなく最下層と言わざるを得ない。


エロゲについては「童貞去勢するような商売はやめろ」とか

「大っぴらではなく影でこそこそやれ」とは思うけど、個人的には

そんなにキモいと感じない。


その点、ネトゲ廃人はもうこれ以上ないくらいキモい


そもそもネトゲ特にMMOは↓の記事にあるように「自己顕示システム」として強烈な麻薬性がある。


http://lovelove.rabi-en-rose.net/blog.php?n=227


廃人はこのシステムに取り憑かれ、自己顕示欲に溺れてしまった人達と言える。

欲望の赴くままに俺TUEEEEE俺SUGEEEEEを貪る。

その姿がどうしようもなく嫌らしく、気持ち悪い。


そして俺TUEEEEE俺SUGEEEEEは他者との関係無しには成り立たない充足感なので、

周りをあまねく不快にさせる。

しかしよく訓練された廃人だと、そうして周りからウザがられても

「なーんかまたザコが負け惜しみ言っちゃってるよーでも実際俺超かっけーから仕方ねーわ、

あー嫉妬されるマジつれーわw」

という感じで快感脳内変換されるらしいので付ける薬はない。

まさしく「ギルド一番の誇り高き戦士」の面目躍如といったところか。

全く自重しない態度に胸熱だ。


特に10からいくつもいろんなネトゲやってるみたいな、MMO経験が長い人ほど要注意だ。

文字通り頭狂ってる奴が結構いる。

もちろん初心者のうちから廃人傾向の言動する奴もいるけど(リア充ダークサイドとも言えるか)。


こういう奴らに比べたら、こんな所でヘイトスピーチまがいのクズ日記書き捨ててる

自分のほうがまだマシだと心底思う。

2011-07-04

http://anond.hatelabo.jp/20110704172919

高い日本酒うまいよね。

日本酒と言えば末端労働者御用達みたいなクソみたいな酒、というイメージがついちゃってるのはほんとよくないと思う。

もっと高い酒をアピールしていって(数が出るようになれば値段も多少下がるだろう)若者に普及してかないとダメだと思う。

一旦開けるとすぐダメになるのは日本酒ワインビールも同じだよね。

http://anond.hatelabo.jp/20110704160215

俺はビールチューハイ、サワーあたりは交流目的で酒自体はどうでもいいときしか飲まないなあ。ただし旨いビールは除く。

酒自体を楽しみたいとき日本酒ワインカクテル最近ほとんど飲まなくなっちゃったな。

ビールドイツビールの旨い店とか行くといいんじゃないかと思う。それかビール工場全然違う。

http://anond.hatelabo.jp/20110704131311

「酒が好き」のラインは重い日本酒ワインウィスキーやその辺の酒の味が分かるくらいじゃないかと思う。

それだと平行線ですね。

私は、サワー、マッコリとかワインワインが好きでビールダメ女性は多い)など、甘口のものも好んで飲むなら酒好きと定義するので。

んで「ビールを好む」人の中には、「日本酒ウィスキーは飲めない」という人も多いんですが、確かにビールは味やのど越しなど独特の飲み物であるとも感じる。


私にとっての「お酒嫌い」は、「アルコール感覚ダメな人」とかですね。

別に「分解できない」などの生理的ものではなく、アルコールダメな人はいますよ、結構

http://anond.hatelabo.jp/20110704130717

「酒が好き」のラインは重い日本酒ワインウィスキーやその辺の酒の味が分かるくらいじゃないかと思う。

そういうのがダメな人は(完全な下戸の人以外)軽い酒(サワーとか甘いカクテルとか梅酒とか)を飲むよね。

「酒の一部は飲めるし美味しいと思う」くらいで、「酒が好き」ではないという感じかな。感覚的には。

別にそれが良いとか悪いとかそういう話じゃなくて、酒好きの人とは絶対に価値観が交わることはないと思うよって話だね。

ビールは辛さがあるし、酒好きの人に寄った酒だとは思う。

http://anond.hatelabo.jp/20110703214821

ビールが嫌いとか言うなよぅ。

ぶっちゃけ、お前さんが嫌いなのはドライビールじゃないのかね?

ランビックとか同じラガーなら、シュバルツとかどうかね?



本当に飲まなきゃ駄目なときは、あらかじめオレンジピールを持ち込んで投入するんだ。

マジでウマウマですよ。



俺は、普段からいろんな酒飲んだりとか、カクテルブック見てるだけで癒されるわー。

とか周りに話してるので、

真っ先に自分が飲みたい酒を注文しても違和感無く受け入れられてるぞ?



ちなみに、緊急時には「ビール嫌いなんだよねー」と言うよりは、「ドライビールと言うか、ピルスナー苦手なんだよねー。」と回避するようにしてる。

相手が混乱するから

さらに、「ピルスナーでも好きなのはあるよ~ウルケルとか、辛くないのはいいよね~」と畳み掛けるとみんな突っ込み諦めてくれます



そんな、コーヒー塩入れて飲んでも驚かれない俺だが、ワインを水割りにした時は驚かれたことがある。

大量に飲むときは割るだろ常考

ちなみに、紙パックは最高だと思う。遮光性とか保湿性とか。

http://anond.hatelabo.jp/20110703214821

自分も同じ。ビールだけは全く飲めない。他の酒は日本酒だろうとウイスキーだろうとチューハイだろうと

カクテルだろうとハイボールだろうとワインだろうと何でも飲める。

とにかくビールけがダメ。あの味が気に入らない。あんなものを飲む人の気が知れない。


まあそれはともかく、自分場合

まあ通常はソフトドリンクまでだが。車で来てるとか飲めない人いるから、ソフトドリンクが注文できないことはないだろうし。

もしビール以外の注文禁止ならその場で絶縁する。つーかそいつらの首締めて殺す。

2011-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20110623211630

よく行くのが個人経営のお店なんで、具体例は出せないけど

カジュアルイタリアンで、お酒も出るけど小学生子供が来てても違和感がないようなところ。

酔っ払いがいたらすごい違和感があって、お店の人に平謝りされたことがある。

田舎で、車で来る客が多いんで、大人だけでもお酒を頼まないテーブルが多い。

パスタだけだと1000円~1300円くらいで、前菜珈琲、デザートをつけると1800円くらいかな。

パスタだけでさっと帰る客もいれば、ワイン頼んで前菜たくさん並べてのんびりしてる客もいるよ。

2011-05-10

海に行った

女子:高い女子力と小二マインドを併せ持つ。20代後半。

僕:長く独り身。非モテはないと思うが色恋は苦手。30代前半。



女子が海に行きたいと言ったので、二人でドライブに出かけた。

車で約2時間。他愛無いお喋りは何時間あっても終わらない。



はまだとても冷たい。

靴を脱いで、膝下までつかると痛いくらいだ。

女子がふざけて水を跳ね、僕のボトムがぐっしょり濡れる。

仕返しに僕は女子を転ばせる。ふりをする。



砂浜に打ち上げられた海月は、とても綺麗に透き通っている。

触ると意外とコリコリしていた。



近場の温泉であたたまって、再び車を走らせる。

山間のワイナリーは客がほとんどいない。

試飲で女子はご機嫌だ。ちょっと酔ってるな。



海沿いに戻り、トラットリアで夕食。ワインを呑み足りないんだと。

量は多すぎたが、おいしい料理。特にチーズリゾットが良かった。



違う海岸へ夜の海を見に行く。

辺りは灯りも乏しく、ヒール女子は足元が覚束ない。

僕は女子の手を取り支えてあげる。

うん、自然だ。実は内心ドキドキだ。



暗闇を眺めながら、また少しおしゃべりをして。

帰り道も女子の手を引いていく。

駐車場に出ても、僕は手を離さない。

女子も、僕の手を握ってくれていた。



家まで女子を送っていく。

近くに車を止め、おしゃべりをする。

いつものことながら、どんだけ喋るのこの二人。



ふと、女子の手を握ってみた。

すると、だんだん口数が減っていく。

そのまま指を撫でていると、ついに女子は黙ってしまった。

僕が女子を見ると、一瞬視線が絡まり、女子は目を逸らす。



これ、噂に聞く「いい雰囲気」ってやつ?



慣れない空気の中、長い沈黙の果てに。

僕は意を決して女子の頬に手を添えた。

そして、すべきことをした



ドキドキしすぎて、目を閉じたかも覚えていない。

僕にこんなことができるなんて、驚きだ。



髪を撫でたり、散々に愛でているうちに。

女子は辛うじて再起動し、手で顔を覆ったまま呟きだした



今日あたし、おかしかった?

いつも若干おかしいよ。

そうじゃなくて。

少し懐っこかった。距離近め。

もしかして伝わってた?

何が?

その…。

…。

なんか、したいなって…キス…。おもってたの。



顔を隠してた手をおろさせて、もう一度。



きみ、ほんとかわいいな。

なんなのよう。その余裕がむかつく。

主導権取ったからな。

むー。あたしが先制すればよかった…。



形だけ抵抗する女子を、きつく抱きしめた。

2011-04-30

俺様系のダメ男にハマる女性を好きになってしまった

先日、僕は友達付き合いをしていた女性に交際を申し込んだ。結果はお断り。曰く、”気になる人”がいる、との事。

その日フラれた直後の帰り道、彼女事情を話してくれた。気になる人には本命彼女がいて、別れるから待って欲しい

とずっと言われていると。ズルズルとキープちゃんをやりたくはないので、このままではいけないと思っていると。

僕は押した

真剣なんだ、そんな話聞いて黙ってられない。誕生日のお祝いをさせて欲しい。チャンスを下さい。」

彼女は頷き、その日は別れた。

デート当日、人力車や船に乗り、映画を見た。夜はホテルのディナーを食べてプレゼントを渡した。とても喜んでくれた。

今日は解散…という時に最後プレゼントがあるとホテルの部屋へ通したチェックイン前にホテルの人に頼んで

セッティングしてもらった生まれ年のワインを空け、ネックレスを渡した。とても感動してくれた。

ネックレスを首にかけ、ハグをしながら再度想いを伝えた。僕は本気なんだ、あなたを支えたい。

そばで笑っていて欲しい。大好きだ。あらゆる想いを伝えた。

彼女何度ありがとうと言ったが、どこか浮かばない顔をしていた。”気になる人”が引っかかっていた。

話を聞くに、"気になる人"は本命彼女同棲中。すぐに別れたいけど、本命彼女名義のアパート居候しているか

簡単に別れられない。金つくって一人暮らししてちゃんと別れるから。愛しているのは本命じゃなくお前だから

お前じゃなきゃダメから、と言われ続けて半年以上経つ。転職副業もせず、金を作ろうとしている気配はない。

自分に甘いそうだ。

平均して週に1回以上は会っていて、メールが一方的に10通以上(今なにしてる?どした?など)届くのは当たり前、

だんだん束縛するようになってきた(共通の友達のいる飲み会彼女一人で行ってはいけないという約束最近交わした)し、

携帯も覗かれるようになったし、ゴムなしのSEXを求めるようになってきた(彼女は元々ピルを飲んでいる)。

でも不快じゃない、その気持ちを出して彼に嫌われるのが怖いのかもしれない。彼の俺様主義をどんどん受け入れてる。

将来性のないダメ男からこのままじゃいけないと理性ではわかるけど、会って顔を見ただけで幸せな気持ちになって

ハマっていってしまってるそうだ。"気になる人"というレベルはなく、本当は相互に依存し合っている状態にある。と言っていた。

僕は虚無感や失望感嫉妬、愛おしさ、心配、憎悪、憤怒の気持ちがぐしゃぐしゃになって激しい動悸が止まらなかった。

僕は彼と面識があった事もわかった。共通の友人も多くいる。それも響いた。

努めて冷静に話をしながらも、涙や怒声が抑えられない時があった。

たくさんハグした。手を握り合った。でもキスから先はNGだった。

僕は許される限りのスキンシップを取りながら彼女の状態を聞き出し、上述の話受け入れながら、辛い話をしてくれてありがとう

という感謝の気持ちと、それでも好きだ、俺なら君をそんな風にしない。必ず幸せにすると、精一杯の想いを伝えた。

何度も言ったけど、返事はありがとう。話聞いてくれてありがとう。それだけだった。

今のダメな状態から僕に移り気して変われるかもしれない、と考えて僕とのデートに臨んでくれたらしい

僕の事はすごく信頼しているし、私を想ってくれてる気持ちも充分伝わった、嬉しいし、

今の彼と別れて僕の元へ来たほうが幸せになれるだろうと頭ではわかるけど、今はこれ以上応えられないそうだ。

彼女は前の前の彼氏が同じく俺様系で、今に同じく振り回され、一方的に捨てられた後、俺様系ではない優しい男と4年付き合った。

優しすぎて将来性がないと思い、自分から別れた。そして今、将来性のない俺様系にハマっている。

このままじゃいけないと頭で分かっている、としきりに言っていたので、まず会う回数減らす事からはじめたら?とアドバイスしたけれど、

彼女がそんな行動に踏み切れるかはわからない。

まだ俺諦めないから、見放せないから、好きでいさせてくれ。幸せを考えさせてくれ、何でも相談してくれ、

美味いモン食べて楽しい話もしよう。もし君が彼を断ち切る事ができたなら、その時は一緒に幸せになろうと言った。

彼女は頷きありがとう、と言った。話し始めから6時間以上、終わりに近づくにつれて、彼女だんだん彼をかばうような物言い

しなくなったし、スキンシップでも応えてくれるようになった。彼女希望で共通の友人(女)を交えた僕との仲良し三人で

後日改めて話したいから、とスケジュール調整もした。少しづつ変わっていたか彼女相談相手をしつこく続けれていれば、

いつか彼から離れられるはずだ。そう思いながら早朝、一睡もしなかった部屋を後にした

この事情は共通の友人(女)にシェアした事情はある程度彼女から聞いていたが、

ここまで依存が進んでいるとは思っていなかったらしく、全力で救いたいと言っていた。

てゆーか、アタシとオマエで救うぞ。オマエ面倒見ろよ、と。

あたりめーだ。今更ひけるわけねー。ありがとな。

俺様系のダメ男にハマっていたのを克服された方の意見が欲しいです

2011-04-28

トシ食うと、萌えだけのアニメは辛い。

ただユルキャラがきゃーきゃー言ってるアニメって、三十路入ったあたりからしんどくなった。

ISとか、萌え豚には楽しいかもしれないけど、中身のないアニメで、4話で視聴終了余裕でした

まどかたいなのは、あれはあれでしんどい。

会社員がしんどい一日を終えて帰宅し、ワインでもかっくらいながら観るアニメにはヘビーだけど、中身がないよりずっとマシ。

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