2007-02-27

合成の筍からインスパイア

「本当に馬鹿げた話よ。そんなのが馴染むわけないじゃない。」

彼女は筍のホイル焼きをつつきながら怒っている。

「大体倫理的にどうなの?許されると思う?」

日本酒を一気に飲み干し、私に聞く。

「さあ?どうなのかしらね。」

私は素っ気なく答える。

「本当あんたは相変わらずね。」

彼女は呆れたように息を吐くと、また筍のホイル焼きと日本酒を店員に頼んだ。彼女の好物らしい。

先日、ある会社人間と寸分違わぬ、見分けがつかないものを開発したと発表した。初めは誰もが信じなかったが、記者会見に現れた3名のうちの2名が作られたものだったので、信じざるをえなかった。その驚くべき完成度で、彼らはそれを量産できると言う。世界は喧々囂々の議論となった。人権の話。倫理的な話。どう受け入れるかの話。そもそも認めるか認めないかの話等々。目の前の彼女もその一人というわけだ。

しかし、私はあまり興味がなかったし、彼女意見にも賛成はできなかった。現に彼女が食べている筍や、飲んでいる日本酒は天然のものではない。50年程前に開発された合成のものだ。彼女はそれを美味しそうに食べている。まあ組成は同じなんだから当たり前と言えば当たり前だけど。

「ん?どうしたの?」

知らず知らずに彼女が筍を食べる様子を見ていたらしい私に彼女は聞いた。

「いいえ、何でもないわ。」

私は何も言わなかった。以前、彼女に聞いたことがあるが、彼女は合成の筍には何の違和感も持っていなかった。それもそうだろう。彼女は、彼女の親ですら天然の筍なんて食べたことがないんだから。それに彼女のことだ。食べ物人間を一緒にするなんて!と怒るだろう。だから、私は何も言わなかった。

しかし、結局の所は同じことだと私は思う。彼女の祖父母世代は合成の食品に反対していたそうだ。だが、時を経るにつれて、徐々にそれらは受け入れられて、たった3世代で、違和感を持たない人間が生まれた。つまりはそういうことなんだろうと思う。それが筍であろうと人間であろうとも。だって見分けがつかないのだから。

筍を食べ終わった彼女は満足そうに一息つく。そしてやることもなくなったためか私に聞く。

「で、あんたは結局どう思うのよ?」

「そうね。」私は答える。

「別に変わらないんじゃないかな。」

「どうしてそんなことが言えるのよ?」

「ねえ、例えば、もう何年も前から彼らが私たちの中に紛れ込んでたとしたら?」

「え?」

「見分けがつかないからわからないわよね?」

「え、でも…。」

「そして、もし、私がそうだとしたら?」

「え…?」

「わからないわよね。」

私は笑顔だったが、彼女は笑えないようだった。

冗談…だよね?」

ようやく振り絞った声で彼女はそう問う。

「ふふ、どうかしらね。何せ見分けがつかないんだから。」

そういって私は微笑んだ。見分けがつかない微笑みで。

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