2021-02-10

男性社会撤退を阻むガラスの床について

五輪の森会長発言もあり、ガラス天井という言葉一般に広く知れ渡るようになってきたと思う。

能力があるのに、女性であるというだけの理由一定以上の地位に昇進できない現象を指す言葉だ。

この現象否定できない事実だろう。

女性社会進出をするには、まだまだ見えない壁が存在する。

  

しかし、それでは男性には壁がないのだろうか?と考えてみる。

男性男性であるというだけで自由にのびのびと生きられる?

  

絶対違う。

男性にも、見えない生きづらさの壁があるはずだ。

私はこの壁のことを、仮に「ガラスの床」と名付けてみた。

  

男性の生きづらさは、女性の抱えるそれとは対照的である場合が多い。

  

女性男性から加害されることが多い。しかし、それだから被害を訴えたらちゃんと信用してもらえる。

男性女性から加害されることが少ない。しかし、それだから被害が発生したところで、声を上げても軽くあしらわれてしまう。

女性に対して加害した男性は、社会から盛大に非難を浴びて罰せられることが多い。

男性に対して加害した女性は、犯罪者として裁かれることこそあれ、社会全体の怒りを買うことは少ない。

  

今挙げたようなことが、良いことだとか悪いことだとか論じるつもりはない。

被害を信じてもらう以前に被害に遭わないことが一番だし、法の裁きを受けたはずの犯罪者はそれ以上人攻撃の的になってはいけないのだから

ただ「(時に本人の望む形とは異なるにしろ女性は大切にされるべき」という認識一般に広く浸透しているのは事実だろう。

  

男性にとって生きづらいであろう現実は、他にもある。

女性専業主婦は広く認められる傾向にあるが、男性専業主夫をしていても無職とみなされかねない。

学歴が低く収入の少ない女性であっても結婚している人は多いが、同じようなスペック男性男性にも女性にもバカにされる。

  

まり女性が「素直で従順大人しくある」ことを求められるのと同様に、男性は「強く正しく優しくある」ことを殊更に求められているのだ。

  

大人しくあるべき」女性一定以上の社会進出を阻まれている裏では、「強くあるべき」男性社会撤退を阻まれている。

社会撤退なんて言葉存在しないのだろうが、ここで私が意図しているのは「男性が従来社会における女性役割を担う」ことだ。

  

そういえば「男女平等なら、女性肉体労働をしてくれるんだね?」としたり顔で言う人がたまにいる。

微妙に違うと、私は思う。

もちろん適切な筋力さえあれば女性肉体労働をしてもいいだろう。

でもそれと同時に、男女平等とは、男性が望むなら家で仕事をしてもいい社会であるべきだ。

  

「こういう社会を作ったのは男性から男性自分で何とかしろ」?

そんなことはない。

男女平等への歩みはすでに始まっている。

過去男性が作った因習は、今を生きる人々みんなで壊していかなければ。

そうでないと、また前と同じ社会に逆戻りするか、今度は女尊男卑社会が発生するだけだ。

  

ガラス天井を壊そうとする運動は素晴らしいものだと思う。

私にできることは少ないが、変わりゆく価値観希望見出している。

でもそのとき男性を阻むガラスの床も、同じように壊されていけば良いと願っている。

  

女性解放するとき男性も同時に解放しよう。

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