2010-11-24

生理がなくなるのが怖い

母が閉経した。50歳付近。

身内の私が言うのもなんだが母は年齢の割にという但し書きがつくものの綺麗な容姿をしていると思う。

昔は授業参観などで母を同級生が見て「あの人誰のお母さん?すごいきれい」とこそこそ話しているのを見ては優越感に浸っていた。

年を取った今は、年齢を相対化した際には美しいと評価されるものの、

絶対的な美しさは評価されなくなってしまった。

この人はもう女ではなく「過去に女だった生き物」になったのだ。

そして「子供を産む」という役割を果たし終えて、

従ってセックス価値も失って、ただただ抗うこともできず衰退していくだけの余生なのだ。

彼女が女としての役割をまっとうしたことの生きた証が私の存在なのだ。

彼女は一抹の寂しさを感じているだろうが、すでに自分女性性に執着する必要はない、失うものはない、と逆に気が楽になっているようだ。

急激に恐怖を感じた。いつか彼女に私もなる。

そしてさらに不安なことは、そのとき「女としての責務を果たした」生きた証である子供がいる保証がないということだ。

世界を動かしているのが「男」である中、

性的な視線にさらされる被写体として客体でしかない「女」、

子供を産むという機能と引き換えに庇護してもらうしかない「女」から脱却しようと、

「女」の主体化に先人たちは努力してきた。

しかし結局女自身が「欲望される体」「子供を産む体」に自身の存在価値を置いているのだから、

それを砦にして生きているのだから、いやむしろ欲望され子供を産むために生きているのだから、

永遠に私たちは「男」を主体とした客体物でしかありえないのだ。

生理がなくなり欲望されることもなく子供を産むことも無くなったときに、

唯一拠り所にできるのは「自分が責務を果たした」ことの証である子供存在だけなのだから、

そして子供を産めるのは「この女と子供人生責任を果たす」という覚悟を男に持ってもらえた女だけ、

すなわち愛された女だけなのだから、

そして愛されなかった女は結婚よりも安い値段で体を提供する、つまり不特定多数売春することでしか

存在意義を発揮できないのだから、

結局女の価値は男によって決められるのだ。

生理が終わったとき生物的には生きているかもしれないが、それは女としては死ぬときである

  • http://anond.hatelabo.jp/20101124004254

    ? 男なんかはなから子供産めないよ? 言ったら閉経後の女=男じゃん

  • http://anond.hatelabo.jp/20101124004254

    もう子供って人生のオプションとしてあまり有効でない気がする。 子供を産んだからといって何か得することあるのか。 オレがそもそも子供を作るだけの財力がない。 子供を作ること...

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