2010-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20100524230511

うーん?

今、私は日本にいるが、今ちょうどブラジルにいる私を、もう一人の私と命名しよう。

果たして、もう一人の私は存在するだろうか?いないだろうね。

今、あなたが日本にいて、ちょうどブラジルにいるもう一人のあなたを、「もう一人のあなた」と命名する。

しかし、私はあなたがどちらにいるかはまだ知り得ない。すなわち、可能性として「もう一人のあなた」は存在しなければならない。

これが、存在し得ないならば、私は推量することなくあなたの居場所をたちどころに特定し、あなたを明日中には食ってしまうこともできるはずだ。

内省の問題として、今私が日本にいて、同じく今ちょうどブラジルに居る私を、「もう一人の私」と命名する。

では、もう一人の私は存在するだろうか?という問に、私は答えることはできない。

なぜなら、私は私自身を知覚できるが、もう一人の私に対しての知覚は持ち合わせていない。

いつどこからかひょっこりともう一人の私が出てきて、合体してしまうかもしれない。

私がここにいる、ということは、私は一人しかいない、自分自身で完結している、という答えには成り得ない。

記事への反応 -
  • 例えば、ある事象Aに対して命名しようとするとき、 その命名は事象Aが存在しないとできない!これはカタチから入るのではなくナカミから入っている! いやいやいや、その事象...

    • ばかだなぁ。事象Aなんて存在しなくても、命名くらい簡単だよ。 今、私は日本にいるが、今ちょうどブラジルにいる私を、もう一人の私と命名しよう。 果たして、もう一人の私は存在...

      • うーん? 今、私は日本にいるが、今ちょうどブラジルにいる私を、もう一人の私と命名しよう。 果たして、もう一人の私は存在するだろうか?いないだろうね。 今、あなたが日本...

        • 私が自分以外にいても、それは私じゃないと思う。 もしかしたらあなたは分裂できるかもしれないし、世界に10人くらいいるかもしれないけど、私は1人しかいない。 ちょうど今、ちょう...

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