殺したいと思うほど人を憎んだことのある人って、そんなにいないんじゃないかなと思う。
でも私の場合、それが中学の同級生だった。
あれは理科の実験の授業でのこと。彼は内向的であまり人と話さないタイプで、正直、何を考えているのかわからないタイプの男子だったんだけど、実験中に突然、彼は火のついてるガスバーナーを持って、それを私の顔に近づけてきた。私の目の前に、気付いたらガスバーナーの火があった。あともうちょっとで顔にあたるんじゃないかって思った。その時、私は命を脅かされるほどの恐怖を感じた。
びっくりして彼の顔を見ると、なんと、そこにあったのは彼の満面の笑みだった。彼の笑顔なんて、この時はじめて見たかもしれない。
「髪が焼けるかなと思って」
彼は冗談みたいに言った。私には信じられなかった。彼には全く悪気がないようにみえた。だからこそ私はあの笑顔を、最上級に邪悪なものだと記憶した。でもまだその瞬間の私は、彼に恐怖を感じても、憎しみを持ちはしなかった。
憎しみは、自分でも気付かないうちに、心の片隅にそっと植えつけられる。
それから私は、彼を避けるように行動することにした。私は彼を何一つ理解できなかったから。とにかく近づきたくなかった。
この間に、私の彼への憎しみは、徐々に芽生えて、意識しない間に、大きく育っていったんだと思う。何故か、クラスの間では、私と彼が仲がいいことにされていたことも、それを助けた。私は彼をこんなに嫌いなのになんでみんなはそんなことを言うんだろう。そう思うたびに、彼への憎しみが大きくなっていった。
修学旅行で、当然のように私と彼は同じ班になった。
京都。2泊3日。今でもときどき、思い出しては考える。あの時、駅のホームで、彼の背中を押していたら、今私はどうなっていたんだろう。
あの時、私は彼を殺そうと思えば、殺せたんだろうか。いや、でも、できなかった。その後の、私の両親や妹のことを考えたら。どうしたって私は人殺しにはなれなかった。
でも、あの時、もしも、彼が振り向いていたら。そして彼があの笑顔を私に向けていたら。
私は躊躇なく、彼を突き飛ばしていただろう。それだけは自信を持って言える。