そこに富野が言ってるような「成長できる少年」の像は無いし、これを異常と思わない方がどうかしてる。『萌え化』で片づけられて当然だとは思うよ。
ゲゼルシャフトだか何だか知らんが、もうちょい公共性を帯びないと、オタクの作品は一生一般には認められないと思うぜ。哀しいけど。
わけワカンネ。
市場をそういう風に形成すべきは、一般の方々であって、オタクの使命ではない。
萌えに走ってない作品を作りたければそうすれば良いし、一般の方々が、そういうものを見たいと思うのなら、それに金を払えば良い。
簡単な話だ。
これがどうして、オタク批判になるのか、全然理解できない。
よくわかんねーけど「俺達は一般に認められるべきだ!」とかいう主張をするオタクもいるからなあ。 そういう連中に向かって言ってるんでしょ。
だから、「今のアニメ市場がオタクに対して深化しすぎている」ってのはこれ真なんであって、「内容を見ればわかってくれる」っていう願望は、その対象になる作品の公共性の有無か...