2009-09-17

あさ、眼をさますときの気持は、面白い。

かくれんぼのとき、押入れの真っ暗い中に、じっと、しゃがんで隠れていて、

突然、でこちゃんに、がらっとふすまをあけられ、日の光がどっと来て、

でこちゃんに、「見つけた!」と大声で言われて、まぶしさ、それから、へんな間の悪さ、それから、胸がどきどきして、着物のまえを合せたりして、ちょっと、てれくさく、押入れから出て来て、急にむかむか腹立たしく、あの感じ、

いや、ちがう、あの感じでもない、なんだか、もっとやりきれない。

箱をあけると、その中に、また小さい箱があって、その小さい箱をあけると、またその中に、もっと小さい箱があって、そいつをあけると、また、また、小さい箱があって、その小さい箱をあけると、また箱があって、そうして、七つも、八つも、あけていって、とうとうおしまいに、さいころくらいの小さい箱が出て来て、そいつをそっとあけてみて、何もない、からっぽ、あの感じ、少し近い。

パチッと眼がさめるなんて、あれは嘘だ。

濁って濁って、そのうちに、だんだんでんぷんが下に沈み、少しずつうわずみが出来て、やっと疲れて眼がさめる。

朝は、なんだか、しらじらしい。

悲しいことが、たくさんたくさん胸に浮かんで、やりきれない。

いやだ。

いやだ。

朝の私は一ばん醜い。

両方の脚が、くたくたに疲れて、そうして、もう、何もしたくない。熟睡していないせいかしら。

朝は健康だなんて、あれは嘘。

朝は灰色。

いつもいつも同じ。

一ばん虚無だ。

朝の寝床の中で、私はいつも厭世的だ。

いやになる。

いろいろ醜い後悔ばっかり、いちどに、どっとかたまって胸をふさぎ、身悶えしちゃう。

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